【白い思い出と紅い約束】二・名前(1)【小説】

2014.05.14 08:19|【約束】小説
「白い思い出と紅い約束」

二、名前(1)

 町の朝の音にトオルは目を覚ます。朝特有の町の活気のある騒めきだ。
 トオルの住む町ではほとんど聞けなくなった音。重く軋む工場の機械の動き出す音、車のエンジン音も低く響いてくる。こちらにはガソリンがあるのかとぼんやりとした頭で考えた。北の地方では車すら動かせない。
 
 カーテンの隙間から差し込む朝陽。寝心地のいいベッド。清潔なシーツの香り。クリーム色のホテルの天井。よく寝た気がした。何気なく横に顔をやると、目の前に娘の顔があった。トオルは慌てて飛び起きた。
 ヒナだった。夜のうちにトオルの寝床に入ってきていたようだ。腕は自由にならないまま、器用にブーツを脱いだようで、ベッドの傍らにばらばらに転がっていた。
(こいつは……)
 いくら疲れて酒が入っていたとはいえ、トオルが寝床に入ってくる人の気配に気付かないことはない。
(気配を消していたのか? ……消せるのか?)
 鋭い視線で見つめているうちに、翼を持つ娘――ヒナ――は目を覚まし、トオルを見上げて無邪気に「おはよう」と笑った。トオルは苛立ちを越えて呆れた。
「……何でお前がここにいる?」
 眉間に手を当てたまま深呼吸をして、出来るだけ落ち着いた声音で訊いた。
「さびしかったんだもん」
 ヒナが唇をかみながら俯いた。トオルは頭を抱えた。
「捕まった人間がどうしてそういうことを考える? 淋しいとかそういう問題ではないだろうが!」
 呆れた顔のまま声を荒げ、トオルはヒナを睨んだ。睨まれて淋しそうにしつつも、頬を膨らませたヒナは口を尖らせる。
「そういう問題、だよ」
 トオルの中で何かが壊れた。そんな気がした。
「汚い格好で寝やがって。……お前もシャワーくらい浴びてこい!」
 もうどうにでもなればいい。腕と翼を拘束していた紐を切り、ヒナを浴室に押し込んだ。
「私を置いてどこか行っちゃうの? ねぇ、どこか行くの?」
 曇りガラスの戸を閉めただけで、ヒナの泣きそうな声が響く。トオルは溜め息をついた。
「……俺はここにいる。とにかくお前は汚いから、さっさと体を洗え。いいな! わかったな?」
 念を押すトオルに「わかった」と嬉しそうに返事があり、浴室で水の流れる音がし始めた。
 トオルは今朝何度目かの溜め息をつき、部屋にあった珈琲を煎れた。自分で煎れた珈琲は不味い。
 気を取り直して椅子に腰掛ける。足を組み、今朝の新聞に目を通した。

 アルヒミヤで、首都のあるリトス湖の南の地域だけが電気があるようだ。
 ミタールの町がある北部は、電気が無くともしばらくはしのげるだろう。石炭がとれる鉱山が多少は残っている。
 しかし、これから冬を迎える。リトス湖の北側は、近年になって気候が変わり、今まで降らなかった雪が深く積もるようになった。電気が無いと厳しい。ガスもない。このままでは凍える者が出るかもしれない……。
 他の貧しい地方――リトス湖で隔たった地方――も同様に電気供給は停止されたままだった。そして地方から懇願に訪れる一般人が反逆者として殺されている有様だ。軍人までも。皆、仲間だった……昔は国に忠誠を誓った、有能な戦士だった筈なのに。
「翼ある者」については賞金を掛けてまで捜索しているようだ。しかし容姿や特徴などの詳細な情報は載せられていない。情報はそれだけだった。

 窓の外を眺め、腕組みをして今後のことを考えていると、ヒナが浴室から出てきた。何気無く目をやったのだが、トオルはぎょっとした。
「……着替えないのか?」
 バスタオルを巻いたままの姿で、ヒナは涙を浮かべていたのだ。
「……ないの」
「何が?」
「着るもの。さっき転んでぬれちゃった」
 しょんぼりと俯く娘。トオルは立ち上がる。どうしてそんなことに落胆している余裕があるのか、トオルには解らない。
「じゃあそのままでいろ。ヒナ、ここでお前の翼を広げてみろ」
 ヒナは頬を赤くして俯いた。どうしてこの状況で恥ずかしがる余裕があるのか?
「恥ずかしいよ」
「お前はただ、俺の言うことを聞けばいいんだ。……早くしろ、俺は気が短いんだ」
 トオルがポケットから出したナイフをちらつかせると、ナイフに怯えたヒナは、慌てて何度も頷いた。
 タオルで胸元から下を隠すようにして、ヒナは翼を広げた。部屋の中、天使が舞い降りたかのようだった。白い翼。
「……」
 頬を赤らめ、体を強ばらせ立ち尽くすヒナの後ろに、トオルは回り込む。
 同じ年頃の女性と比べたら胸はふくらみが足りず、尻も小さく華奢だった。濡れた漆黒の髪をかきあげると、白い背から白い翼が生えている。
(翼にも骨があるのだろうか? どこから生えている?)
 トオルは翼を触る。翼は絹のように滑らかで、柔らかで触り心地が良かった。華奢な背中に手をあて、肌を肩を撫でる。ヒナは小さく息を呑む。冷たい体だった。そもそもこの女は人間なのか? 化け物なのか? それとも「天使」なのか?
 翼がある以外は人間と変わらない気がした。ただ、ガラス細工のように繊細で、壊れそうな体だった。
 トオルは無言のままヒナを俯せに倒し、背に馬乗りになった。両手で両翼を強く引っ張ってみた。
「や……っ! あっ……痛っ!」
「静かにしろ。少し我慢していろ」
 ヒナは歯を食い縛り、痛みに耐えた。
 どういう仕組みなのか……? トオルは翼に触れつつ考える。鳥類の翼とも違った。広げて幅三、四メートルあるかないかの翼で、人間が飛べるのだろうか。
 しかし実際にこの華奢な翼で空を舞っていたらしい。
「っ……」
 この娘の正体を研究者が解明出来るか。本当にこの華奢で弱々しい女の血が、何かに利用できるのだろうか。
「……いたい、痛いよぉ」
 ヒナがタオルを握りしめながら呻く。翼が体の一部なら、相当痛いだろう。トオルはヒナの体を離し、ヒナの頭を撫でた。
「すまなかった。翼を閉じてガウンでも羽織れ。メシにするぞ」
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コメント

トオルさんの

微妙な変化が読んでいて楽しいです♪
無意識のうちに惹かれ始めてるところが見え隠れしてて♪
そういうところがちゃんと表現することができて羨ましいです(^ヮ^)

文章やイラストもさすがですし、驚くのはこれらのクオリティの高いもので、この更新速度を保ってることです(;艸;)脱帽です♪

freilさん

コメントありがとうございますY(o0ω0o)Y
これは推敲している昔の文章なのでうpが早いんです。
もうひとつのは頓挫してます(;´д`)
どうも単語も表現もしっくりこない……(´;ω;`)


ヒナはいろんな意味で純粋なので、怖い存在です(о´∀`о)
無駄に話が長いので、どこかざっくり切ろうかと思ってます(;´д`)

朝起きてヒナちゃんが隣にいたのはびっくり
と同時にヒナちゃんは人がと言うよりも誰かの
温もりを感じたかったのかなと思いました

たとえ初対面で縛られていてもww

それにしても、バスタオル姿のヒナちゃんを附せ倒したり翼を強く引っ張ったり
ヒナちゃんなら多分トオルが言えば触らせてくれるはずw多少恥ずかしかったりすると思いますが

荒ぶるプリンさん

コメントありがとです(*´ω`*)
ヒナは寂しがり屋で、そしてトール兄さんは無愛想ぶっきらぼうでうまくいかないんですけども
そんなにうまくいかないこともないというかですw

翼を引っ張るシチュを絵で描けたらなってそこから始まっただなんていえn・・・ゲフゲフ

(;'∀')
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