【白い思い出と紅い約束】一〇、潜入(4)【小説】
2015.01.20 22:00|【約束】小説|
「白い思い出と紅い約束」
一〇・潜入(4)
翌朝、ヒナは不思議そうにマリを見ていた。マリはなかなか閉まらないバッグのファスナーと格闘していた。トオルは少し離れた廃屋の中で荷造りと掃除をして、落ちた羽根を拾っていた。
「マリ。何でそんなに悲しそう、なの?」
いつものように無邪気に擦り寄り問い掛けるヒナに、マリは顔を上げなかった。バッグのファスナーを何とか閉め終わったところで、ようやくヒナの顔を見た。
「ここでお別れだから」
それだけをマリが答えた。
「おわかれ……? さよなら、ってこと?」
曇りのないヒナの黒い瞳に見つめられ、マリは目を逸らし、唇をかんだ。
「ヒナ、ごめん。私、一人で逃げる。先輩をよろしくね」
「よろしく、されても困るよ。マリいなくちゃイヤ! 嫌だよ!」
ヒナがマリの腕を掴んだ。マリは首を横に振り、ヒナの手の指一本ずつ、優しく開き、手を離させた。ヒナは目に涙をためている。
ヒナの手を軽く包むように握ったマリは、囁くように優しくヒナに言った。
「もし帰って来れなくなったら、先輩と駆け落ちしちゃいなね。こんな国から逃げな、ね。逃げて、ごめんね……一人で逃げてごめん。ヒナ……ごめんね。さよなら……!」
ヒナの口から言葉が出る前に、重そうなバッグを肩に掛け、二人を見つめていたトオルに深く頭を下げ、マリは走り去った。なだらかな山道を走って降っていく姿が見えた。
ヒナはマリを追おうとしたが、トオルに腕を掴まれ阻まれる。
「マリが! マリが行っちゃうよ!」
喚くヒナを、トオルは無言のまま抱き寄せた。ヒナはトオルの顔を見上げる。トオルの顔も苦しそうだった。
(……みんな、辛い)
トオルの腕の中でヒナは声を上げて泣いた。また羽根が一枚落ちた。
マリは走って走って……坂道を降ってから立ち止まる。後ろを振り返ってしまったが、もう二人の姿は見えなかった。
バッグを肩に掛け直した時、山道の横の茂みがガサガサ動いた。
(やばっ、追っ手?)
マリは腰に装備した小刀に手をやった。
二人は緩やかな山道を歩く。家が点在していたが、人の気配がない。空き家が多いらしく、天気の良い昼だというのに誰ともすれ違わなかった。
「この先にあるのか?」
「そうそう……もうすぐ、だよ。……あ、見えた!」
ヒナが指を差した先に小さな家が見えた。家の前に着き、木のドアをノックする。しかし中に人の気配はない。
「おばあちゃん、いないのかな?」
「……留守か?」
「この家は空き家ですよ」
二人が家の前にいると、中年の女性に声を掛けられた。近所に住む者だろうか。野菜の入った籠を手にしている。
「あの、前まで住んでいた方は?」
平静を装い、トオルが訊ねた。
「今年の夏に病気で亡くなりましたよ。家族とも連絡がつかず家はそのまま。……あなた方は?」
怪訝な表情。トオルが警戒して腰に差した小刀の柄に手をやる。
しかしドアに張り付くヒナを見て、女性は「あぁ」と声をあげた。
「もしかして」
一〇・潜入(4)
翌朝、ヒナは不思議そうにマリを見ていた。マリはなかなか閉まらないバッグのファスナーと格闘していた。トオルは少し離れた廃屋の中で荷造りと掃除をして、落ちた羽根を拾っていた。
「マリ。何でそんなに悲しそう、なの?」
いつものように無邪気に擦り寄り問い掛けるヒナに、マリは顔を上げなかった。バッグのファスナーを何とか閉め終わったところで、ようやくヒナの顔を見た。
「ここでお別れだから」
それだけをマリが答えた。
「おわかれ……? さよなら、ってこと?」
曇りのないヒナの黒い瞳に見つめられ、マリは目を逸らし、唇をかんだ。
「ヒナ、ごめん。私、一人で逃げる。先輩をよろしくね」
「よろしく、されても困るよ。マリいなくちゃイヤ! 嫌だよ!」
ヒナがマリの腕を掴んだ。マリは首を横に振り、ヒナの手の指一本ずつ、優しく開き、手を離させた。ヒナは目に涙をためている。
ヒナの手を軽く包むように握ったマリは、囁くように優しくヒナに言った。
「もし帰って来れなくなったら、先輩と駆け落ちしちゃいなね。こんな国から逃げな、ね。逃げて、ごめんね……一人で逃げてごめん。ヒナ……ごめんね。さよなら……!」
ヒナの口から言葉が出る前に、重そうなバッグを肩に掛け、二人を見つめていたトオルに深く頭を下げ、マリは走り去った。なだらかな山道を走って降っていく姿が見えた。
ヒナはマリを追おうとしたが、トオルに腕を掴まれ阻まれる。
「マリが! マリが行っちゃうよ!」
喚くヒナを、トオルは無言のまま抱き寄せた。ヒナはトオルの顔を見上げる。トオルの顔も苦しそうだった。
(……みんな、辛い)
トオルの腕の中でヒナは声を上げて泣いた。また羽根が一枚落ちた。
マリは走って走って……坂道を降ってから立ち止まる。後ろを振り返ってしまったが、もう二人の姿は見えなかった。
バッグを肩に掛け直した時、山道の横の茂みがガサガサ動いた。
(やばっ、追っ手?)
マリは腰に装備した小刀に手をやった。
二人は緩やかな山道を歩く。家が点在していたが、人の気配がない。空き家が多いらしく、天気の良い昼だというのに誰ともすれ違わなかった。
「この先にあるのか?」
「そうそう……もうすぐ、だよ。……あ、見えた!」
ヒナが指を差した先に小さな家が見えた。家の前に着き、木のドアをノックする。しかし中に人の気配はない。
「おばあちゃん、いないのかな?」
「……留守か?」
「この家は空き家ですよ」
二人が家の前にいると、中年の女性に声を掛けられた。近所に住む者だろうか。野菜の入った籠を手にしている。
「あの、前まで住んでいた方は?」
平静を装い、トオルが訊ねた。
「今年の夏に病気で亡くなりましたよ。家族とも連絡がつかず家はそのまま。……あなた方は?」
怪訝な表情。トオルが警戒して腰に差した小刀の柄に手をやる。
しかしドアに張り付くヒナを見て、女性は「あぁ」と声をあげた。
「もしかして」
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