【白い思い出と紅い約束】一一、火焔(3)【小説】

2015.02.05 22:00|【約束】小説
「白い思い出と紅い約束」

一一、火焔(3)


 冷たく湿った空気の中、トオルは目を覚ました。
 ここはスマラグダス社の地下室だった。軍本部からここに連れて来られた。ヒナがいたからか、あるいは軍の施設では収容できない程の人が捕らえられているのか。
 地下室の天井は低かった。コンクリートの冷たい空間に、いくつもの様々な太さのパイプが天井や床を這っている。今は、即席の拷問室として使用されているようだ。手錠に鎖、鞭やナイフが床に置かれていた。床には血を洗った跡があった。反逆を試みた者達がここで殺されてきたのだろうか。
 頑丈な手錠と鎖で、トオルの両手は拘束されていた。拘束された手と腕は、自分の体の重みで痺れてきている。
 軍の人間にかなり殴られた。体中が痛かった。口の中が鉄の味がしていた。
 殴られても何も話さず、何も言わず。そして、いつの間にか気を失っていた。骨が折れていないだけ良かったなどと、トオルはぼんやり考えた。
(……昔の俺も、あんなことをしていたか。いや、もっと酷かったな)
 鎖で繋がれた後輩のシンが、トオルの横でべそをかいていた。シンはトオルが殴られる様子を横で見ていたのだ。
「すみません、先輩。俺、捕まった時に、あのヒナさんって人のことを話しちゃって。マリちゃんに会って、その時、話を聞いてて。怖くて、俺……こんなことになるなら……」
 首を横に振ったトオルは、穏やかな眼差しをシンに向けた。
「仕方ない。お前のせいじゃない。俺のやり方に問題があったんだ」
(すまないな……マリ)
 マリが密告したのではないかと考えていたトオルは、心の中でマリに詫びた。マリは無事に逃げられただろうか。そしてヒナのことを考える。彼女は研究室に連れて行かれたのだろう。
(……手荒な真似をされてなければいいが)

 ドアの外からエレベーターの機械音、そして何人かの足音が響いてきた。白衣の男達が鍵を開けて部屋に入って来る。そのうちの一人が、ぐったりしたヒナを抱えていた。
「ヒナ!」
 トオルが叫び、近付こうとして鎖に引き戻された。その声にヒナが顔を上げた。髪は乱れ、涙に濡れた顔は青ざめていた。
 白衣の男達はトオルの前にヒナを捨てるように投げた。ヒナは床に打ち付けられ、小さく呻き声をあげた。
 サルファはトオルを見下ろし、下卑た笑いを浮かべた。
「トオル、久しぶりだね。気分はどうかね?」
「サルファ……」
「ルチルはお前を殺せなかったようだね。使えない女だ。そういえばあの馬鹿も捕まっているぞ」
 トオルは歯を食い縛った。眼鏡を押し上げながら、サルファはヒナを一瞥して冷たく言い放つ。
「翼があるだけで、回復力はすごいものだ。先日は両手足の骨を折ったはずなのに、もう完治しているとは。逃げられて当然だったな」
「そんなことを……お前たちはしたのか」
「そんなこと?」サルファは不思議そうな顔をする。
「当り前だろう。人間じゃないのだからね。しかし、これは役立たずのゴミだ。天使とも精霊とも呼ぶ存在でもないようだ。私たちの国には必要はない。しかし生かしておくわけにもいかない。こんなゴミが飛んでいても困るからね。政府に依頼して、反逆者と一緒に公開処刑でもしていただこうか。死なないなら体を切り刻んででも息の根を止めればいい」
「……お前」
「……ト、オル」
 うずくまっていたヒナが、手を伸ばし、精一杯の力で冷たい床を這う。
「傷だらけの王子様のところで泣いてるといいよ。美しい声だったよ。天使の叫び声は」
 トオルが睨み、繋がれた鎖が音を立てた。白衣の男達は嫌味な笑いを残し、重い鉄の扉を閉めて去っていく。
 床を這っていたヒナが、トオルの足元に辿り着く。
「ヒナ、大丈夫か?」
 床に這いつくばったまま、ヒナは顔を上げてしゃくりあげながら頷いた。
 ヒナの細い指がトオルの爪先に触れた。膝に、腰に、胸に、肩にと震える白い傷だらけの腕を這わせ、拘束されたままのトオルの体に抱きついて声も出さずに泣いた。トオルは歯を食い縛り、悔しさをこらえた。
 その様子を見ていられずにシンは俯いた。ヒナの顔や腕、腿にはあざが浮かんでおり、手や首に包帯が巻かれていた。
「ビリビリされて痛かったよ、トオル。血を抜かれたよ、トオル。でも……」
「でも?」
「ケモノ並みだって。ゴミ並みだって笑われた。そうなの? 私、そうなのかな?」
「違う」
 トオルの強い口調に、ヒナが顔を上げた。
「お前は……ヒナは、大事な女だ」
 二人の瞳が交わる。
「トオル傷だらけ。死んじゃう?」
 心配そうに顔を覗き込んできたヒナに、トオルは鼻で笑って答えた。
「誰が死ぬか、俺は大丈夫だ」
「大丈夫そう、じゃない。私の翼、のせい。ごめんね」
「……俺のせいです。俺が話したから。先輩も……ヒナさんもすみません……本当に」
 シンはヒナを見つめていた。翼を持つ娘は、華奢で清楚な娘に見えた。
 憎しみも悲しみもない瞳で、ヒナはシンに微笑みかけ、翼を広げた。また羽根が落ちた。
「すみません、じゃないよ? トオルのなかま、だもん」
 あと。静かに呟いてヒナは目を閉じた。
「ビリビリしたせい、かな? 私の力、使い方。少し思い出したよ」
 ヒナは首に巻かれた包帯を外す。一筋、血が流れた。
「ヒナさん! 血が!」
 慌てるシンにヒナが微笑む。
「私の血は私にしか使えないから」
 笑みを浮かべたままのヒナは、人差し指で首を伝う血をすくい、トオルを拘束している手錠をすうっと触る。すると手錠は熱を帯び、溶けるように切れた。シンを拘束していた鎖も同じように溶かして外した。
「……ヒナ?」
 呼び掛けにヒナがトオルを見た。いつもの黒耀石色の瞳が、今は赤く輝いていた。
「トオルは死なせない。私、あなたのために、なんでもやるから」


 スマラグダス社内に爆音が響く。各地に向け、停止されていた電気供給が再開された。社内は炎の海になり、研究室も例外ではなかった。
「何事だ!」
 青ざめたサルファが叫ぶが、サルファ同様、研究員達も事態を把握できていない。
「捕虜たちが、逃げ出しました!」
「それだけでこんな有様になるわけがなかろう! 爆弾か? 何があった?」
 採血したヒナの血が入った試験官が爆発し、炎が上がる。ヒナの血痕からも炎が上がった。研究員が炎に包まれた。そして絶叫。
「どうなっているんだ?」
「発電装置も奪われています! もう、炎で何が何やら」

 スマラグダス社の近くの林の中で、トオルとヒナ、シンと助けられた数名の仲間、駆け付けた仲間が身を潜めていた。前回の作戦に失敗した後も、仲間を救出する機会を窺っていたようで、トオル達が起こした騒ぎに気付いて外から動いてくれた。先ほどまで建物に纏わりついていた炎は、いつの間にか鎮火していた。焦げ跡も僅かしか確認できない。
 ヒナは首に包帯を巻き直していたが、トオルの腕の中で意識を失い、ぐったりしていた。
「先輩! ヒナさんを連れて逃げてください。あとは俺たちで何とかします」
「シン?」
仲間から武器を受け取り、慌てて武装したシンが、毛布を手にトオルに駆け寄る。意識を失ったヒナを包むのを手伝った。笑顔のシン。そして仲間の一人が困惑するトオルの肩を叩いた。
「仲間が車を用意して待っている。重傷の仲間も運ぶ。お前も一緒に行け! 俺達が籠城する。お前の分まで戦ってみせる!」
 トオルが周囲を見渡す。酒場でヒナを「化け物」と言った者もいた。しかし皆が笑顔で、力強く頷いていた。
「その子と逃げるんだ! 逃げて町に帰るんだ! 生きろよ!」
「天使だろ! 絶対に死なせんな!」
 礼を言おうとしたトオルだが、唇が震えて上手く言葉が出なかった。目頭が熱くなったが、どうにか堪える。
 唇をきつく結んだまま、皆に頭を下げた。ヒナを抱きかかえ、その場を去った。
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コメント

今回のお話で、トップにある目次全て埋まっちゃいましたね。
この後のお話は…やっぱり書くんですよね?
楽しみにしてます!

freilさん

コメントありがとうございます(*´ω`*)

埋まっちゃってますね(;´Д`)今から追加しますw
最期まで載せますよー♪

使い方を思い出したヒナちゃん
瞳の色が変わるのがいいですね。ファンタジーならではって感じで

おそらく気絶してる間や拷問の最中にフッと記憶がよみがえったんでしょうね。

仲間やヒナちゃんを良く思ってなかった人の心が変わった場面が少ないながらもはさまれてたりもよかったです

私的には読みにくいって事もなく読めましたです^^

荒ぶるプリンさん

コメントありがとうございます(о´∀`о)

ちからの使い方だけ思い出したヒナ。

黒髪、といいつつイラストでは青系で髪を塗っていたので
「火?」「赤?」と思われそうだなとか思いました( ̄▽ ̄;)
(黒髪黒で塗るの苦手なんです……)

いつも読んでくださってありがとうございます(*´ω`*)

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