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2017-04

【白い思い出と紅い約束】一五、おやすみ(3)【小説】 - 2015.03.27 Fri

「白い思い出と紅い約束」

一五、おやすみ(3)



 暗い曇天だったが、雪は止んでいた。雪道を歩く二人は腕を組んで楽しそうだった。
 並んで歩いていたが、ヒナの顔色が悪かったので、トオルはヒナを抱き上げた。
「わ、おひめさまだっこ!」
「特別にだぞ」
 嬉しそうにヒナはトオルの首に手を回す。トオルも笑顔だったから、ヒナは嬉しかった。
 長いこと歩いて森に入った。樹々の枝には雪が積もり、白銀に輝いていた。ざくざく、ざくざく。雪の中を歩くトオルの足音だけが響く。
 
「ヒナ、ここだ。俺が好きな場所」
 いつの間にか、雪が静かに降り始めていた。森の中のひらけた場所。そこには何もなかった。ただ静かに雪が積もっていた。
「トオルのおうち、の場所?」
 トオルは無言で頷き、ヒナを雪の上にゆっくりと降ろした。
「家は……俺が燃やした。何もなくした。思い出はいらなかった。護るものは、何一つなくなった。いらなかった」
 その何もない白い場所を、トオルはただ見つめていた。
「家族が、殺された時も泣かなかった。悲しくなかった。だが、ヒナを失うことを考えたら、俺は……」
「トオル? どうして、泣いてるの? なんで、泣いてるの?」
 トオルの頬を一筋の涙が伝っていた。ヒナが心配そうに、トオルの頬を伝う涙を背伸びして拭う。白く折れそうな華奢な指。ヒナの体をトオルは強く抱きしめた。
「どうしたの? 私は眠るだけ、だよ。泣かないで、ね? 心配しないで、ね?」
「ヒナ、お願いだから、眠らないでくれ。俺は――、俺はたぶんお前が目覚めるのを待てない……」
「トオル?」
「血を流して燃やしたのが原因なのか? 翼を切ったのがいけなかったのか? ……俺にさえ会わなければお前はもっと……」
 ヒナは背伸びして、冷えた桜貝色の自分の唇で、トオルの唇をふさいだ。
「トオルに会えてうれしかったよ。幸せ、だったよ。炎は思い出したからやっただけ。あれしか出来なかった。翼はもう、だめだった。だからいらなかった。
 私、トオルに会えて、あたたかい、のと、幸せ、なのを知ったんだよ」

 ヒナはコートとブーツを脱いだ。寒さを感じないのか、嬉しそうに雪の上を素足で歩き、雪の中に寝た。さくさくと音がした。白い雪の中に白いワンピースのヒナ。
 気持ちいい、ヒナはうっとり呟いた。
「トオル、お願いがあるよ」
 寝転んだヒナの傍らにトオルはいた。
「眠るまで、そばにいて」
「大丈夫だ、ずっと傍にいるから」
 トオルはヒナの上にまたがるように膝をつき、覆いかぶさるようにして体を抱きしめ、唇を合わせた。優しく冷たい口づけだった。
「俺も、一緒に行くから」
「いっしょ?」
 眠そうな目で、ヒナが首を傾げる。
「ヒナ、約束だ。生まれ変わってもまた会おう、な?」
「うまれ、かわる?」
 ヒナが呟いた。
「うまれかわっても、私、のそばにいてくれる?」
「頑張る。お前のところに行くから……約束だ」
「やく、そく……」
 繰り返したヒナに、トオルが微笑んで頷いた。
「約束、したよ」
 ヒナが嬉しそうに微笑み、静かに瞼を閉じる。静かに息を吸い、そして息を吐いた。そして彼女の時間が、静かに止まった。
 トオルは無言のまま、しばらくヒナの顔を見つめていた。彼女はまるで雪の中に置かれた人形のように、繊細で儚く美しかった。
 トオルは腰にさしていた刀を手にした。顔の前で鞘から引き抜く。刃こぼれした、ヒナが自らの首を傷つけ、トオルがヒナの翼を切り落とした、あの小刀。
 鞘を投げ捨て、トオルは低い声で呟いた。
「――ヒナ、後から逝くからな」


 トオルは刀の刃を自分の首に当てた。後ろから前に、前から後ろにと刃で自らの首を傷つける。白い雪の上に、鮮やかな赤い血飛沫。それでもまだ柄を握り、ヒナの顔を見つめながら刀を何度も動かす。

 初めて会ったとき、天使かと思った。
 純真無垢な天使だった。
 首を切ったとき、悲しかったろう。
 翼を落としたとき、痛かったろう。
 すまん、ヒナ。
 ありがとう、ヒナ。
 誰よりも俺を見ていてくれた。
 誰よりも俺の心の隙間を埋めてくれた。

 切れないのこぎりで木を斬るように、刀を動かし続けた。
 ヒナの白い顔に赤い血が飛んだ。トオルは震える手を伸ばしたが、触れるのをためらった。袖口で、飛んだ血の汚れを拭き取った。

「俺の手は、汚れているから」
 もうすぐお前のところに逝く……から。

 目が霞む。寒さはもう分からない。頭が痺れて、痛みはもう感じていない。刀が滑る。手に力が入らない。自分の血で服がごわつき、体に張りついて気持ち悪い。トオルはヒナを見下ろした。トオルから流れ出た血で、ヒナは赤い衣を身に纏っているようだった。
「赤いドレスより、白いドレスのほうが、似合うな……お前は天使、だから、な」
 眠りについたヒナの穏やかな顔を見つめ、トオルは微笑んだ。

 最初に会った時の、彼女の微笑みが忘れられない。
 あの時に戻りたかった。もっと普通に、もっと穏やかな世界で出会いたかった。
 トオルの手から刀が落ちた。トオルはヒナに覆いかぶさるように倒れる。倒れたトオルは呂律の回らなくなった震える唇で、ヒナの耳元で囁いた。
「ヒナ……お前を愛してる」
 トオルは手を動かそうとした。少しでもいとしい人を抱きしめたかったから。しかし、彼の時間はもうじき止まる。薄れゆく意識の中でトオルは思った。
 ――天使は、ヒナは、俺を迎えに来てくれるのだろうか――?
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● COMMENT ●

また泣いた…(;艸;)

私は本を買わせていただいたので、結衣さんのブログで物語が進むにつれ、このシーンに近付いていくので、複雑な気持ちでした。
最近、こんなに感動して泣けたことなかった…。
これは絵描きならこのシーンを描かせてもらいたくなりますって(;艸;)

freilさん

コメントありがとうございます(*´ω`*)

そこまで言っていただけると嬉しいです(〃∇〃)
ヒナへの愛の深さと償いも込めて刃の欠けた小刀で……です。
このあたりは物語を作れず、気持ちだけで勢いで書いてます( ̄▽ ̄;)

このあと一章、本で追加したので本の章の番号間違ったりしているんですがwww


切な過ぎる....

ヒナちゃんの最後を看取るトオルも
その後を追うトオルも

きっとこの2人の死に顔見たら安らかな感じなんだろうな。好きな人と2人っきりで静かに逝けたのだからって思いました

荒ぶるプリンさん

コメントありがとうございます

眠ったものと死んだ人間・・・同じ場所に行けないけれど逢えることを願っているので
安らかな表情だったと思います。


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