【Cry*6】5-7、禍の次に招かれるもの

2017.08.31 23:33|【Cry*6小説】第5章
「お願い、これからもずっと」


5-7、禍の次に招かれるもの

 欝々とした気持ちで仕事をこなし、遅くに屋敷へと戻ったカイト。ブリッタが用意した食事を軽く済ませ、寝室へ向かう。手紙に目を通すが、すぐに溜め息を吐き、手紙を机に置いた。
(俺はどうしてこんなにも愚かなんだろう……)
 昼の出来事を思い出す。悔いても遅い。皆の心を傷付けるような酷いことをしまった。嫉妬は人を駄目にする。自分が一番無様で情けなかった。
 眼帯を外し、何もない天井を睨む。思い出さないままが良かったのだろう。事実を知ったルアトは罪の意識に苛まれているが、笑顔を浮かべて気丈に振る舞っていた。彼ならば前を向いて歩くだろう――リルが寄り添えば。
 しかし。
 険しい表情のまま、カイトは目を伏せていた。机の上で、無意識のうちに両手を握りしめていた。
(全て、俺のせいだ)
 城へ戻ったあと、エドヴァルド王はカイトから逃げ、説得どころか話を聞こうとすらしなかった。これ以上は引き延ばせないと王は話していたが、このタイミングでルアトの呪いが悪化することを王は予知していたのだろうか。考えを巡らせていると、微かにドアがノックされた。
「どうぞ」
 声を掛けたが返事がない。イリスではないようだ。遅くに誰が来たのだろうと、カイトは眼帯を付けて立ち上がった。

 リルは部屋に籠って、ベッドの上で枕を抱きしめ声を殺して泣いていた。ゆっくりドアが開いて、そろそろとレイリアが入ってくる。
「リル、お夕食食べられそう?」
 緊張した様子で食事を運んできたレイリアは、盆をテーブルに置くと安堵の溜め息を吐いた。リルのベッドに腰掛け、震えるリルの背を優しく撫でた。
「ごめんなさい、レイリア……」
 枕から顔を上げて自分を見上げるリルに、レイリアは微笑み、首を横に振った。
「いいの。リルだって辛かったでしょう? あんなこと、言えないもの……。カイトが止めてくれてよかった。ルアトは現実を知ってしまったけれど、誰も怪我をしなくて良かったわ」
 リルは起き上がらず、枕に頬を付けたままで視線をさ迷わせた。レイリアが心配してリルの顔を覗き込む。
「どうしたの?」
 レイリアの呼びかけに、リルは唇を噛んだまま、涙を溢す。
「私、酷いことしたの……」
「酷いこと? 黙っていたこと?」
 レイリアの顔を見ていられず、枕に顔を埋めて、リルは頭を横に振った。
「誰に酷いことをしたの?」
「み、皆……」
 くぐもったリルの声に、レイリアは目をしばたかせる。
「私は、さほど気にしていないわ。ルアトは、一人で頑張ろうとしている。カイトも気にしているけれど、何とかしようとしているわ」
「……」
「リル、酷いことしたと思ったら、泣いているだけじゃダメよ。一番は心から謝ることだと思う。それが大切だと思うわ。謝ろう、ね」
 明るい口調ながら、諭すように語るレイリアの言葉に、リルは俯いたままこくりと頭を動かす。
「でも、まずは泣き止まないとね。その顔じゃ皆心配しちゃうもの」
 体を丸めて震えるリルの背を、レイリアはそっと抱きしめた。

 暗い部屋、リルは身を起こした。泣きすぎて頭が痺れていた。しばらく眠っていたようで、夜も更けていた。サイドテーブルのランプに触れるとほんのりと光の魔力の明かりが灯った。ベッドを見ると、レイリアはリルの横で寝息を立てていた。
 ずっと傍にいてくれたのだろう。髪も結ったまま、服も着替えないままだった。ずっと笑顔を浮かべて元気づけてくれていたレイリア。見ると顔色が悪く、目元が涙で濡れていた。彼女も不安だったのだろう。リルは申し訳なく思った。
 部屋の半分を布で仕切っていた。その向こうにルアトのベッドがある。布を捲ったが、誰もいなかった。いつもなら戻ってきているのに、何処へ行ったのだろう。誰の処にいるのだろうか。ロニーやイリスの部屋は知ってはいるが、夜遅くには行きづらい。……それとも何処かに行ってしまったのだろうか? 自分を置いて……?
 リルは、レイリアに毛布をそっと掛け、静かに部屋を出た。

 カイトがドアを開けると、そこにはリルが立っていた。遅い時間だというのに寝衣に着替えておらず、昼のドレスのまま、手を胸の前で握りしめて震えていた。
「リル……どうした? 大丈夫か?」
 廊下に出て、後ろ手でそっとドアを閉める。どうかして大丈夫ではないことはカイトも承知している――自分が泣かせたのだから。それが解っていても心配になるほど、リルは何かに怯えている様子だった。
「何かあったのか?」
 自分を心配するカイトの声に、ようやくリルは顔を上げた。ずっと泣いていたのだろう、目元が赤く腫れていた。食事時に食堂に降りてこなかったと、ルアトやブリッタから聞いていた。
「ルアト、来てないかな? 探してて。でもいないの……」
「俺のところへは、来ていないな。イリスの部屋かもしれないな」
「すごく、謝りたいの……」
 心細くて震えて、悪いことをした後、叱責に怯える子どもの様だった。カイトは首を傾げながら明るい口調でリルに声を掛ける。
「遅いから、明日にしたほうがいいかもしれないな。――ん? どうした」
 顔を上げないリルを心配して、カイトが腰を曲げてリルの顔を覗き込んだ。
「カイト。今日は酷いことしちゃった……から……」
 ごめんなさい、とリルは頭を下げた。それを見て、カイトが表情を緩めて息を吐いた。
「俺が一番酷いことをしたんだ。俺のやっかみのせいで、ルアトとリルに辛い思いをさせた。本当に申し訳ない」
 頭を下げて詫びるカイトに、リルは慌てて首を振った。
「カイトは悪くないの。悪くないよ……私が、悪いの」
「リル……」
 視線を下に向けたまま、その場を動かないリル。カイトは黙ってその様子を見守った。
「訊きたいことがあるの……」
「訊きたいこと?」
 リルは、落ち着かない様子で視線をさ迷わせていた。カイトが自分の言葉を待っていると気付き、消え入りそうな声で話し出す。
「どうして……どうしてルアトは騎士になりたかったのかな、って」
「あのな、なんでそれを俺に訊くんだ?」
 俺はルアトじゃないぞとカイトがぼやくと、リルは涙を浮かべてカイトに詰め寄った。
「だって……だってないルアトに訊けなかったから」
 カイトは呆れたが何も言わなかった。理由なんて、誰が見ても解るのだが。カイトは目を細めた。
「どうして、か。ルアトはリルと一緒にいたいからだろ。騎士になって、リルと城にいようとしているんだろう」
「私と一緒に? そんなことあるわけないよ……」
「そんなことあるだろ。皆、リルと一緒にいたいんだ。ルアトだけじゃない……レイリアだってそうだ。リルだって、ルアトといたいんだろう?」
 カイトに問われてリルは頬を赤らめた。そして、頬を膨らませて足元を見つめる。
「……ルアトはお城の女の子と一緒にいる方が楽しそうにしてた……。私と一緒にいたいのかなんて分からない」
 最近のルアトは、城の年頃の娘たちと話す機会が増えたらしい。ロニーが羨ましそうに話していたのを思い出す。
 木陰や廊下の隅で、頬を寄せて楽しそうに話している姿をカイトも度々見かけていた。心変わりや浮気……とまではいかないだろうが、最近共に行動することが減ったリルへの当てつけだったのだろう。彼女が頬を膨らまし、やきもちを妬いているのだから、効果があったとも言える。
(ルアトは人気があるからな……しかしな)
 ルアトはリルの傍にいる為だけに騎士になることに承諾した。身分を気にしない彼は貴族の娘でも侍女でも誰にでも気さくに明るく接している。その姿は、城の娘たちには新鮮に、好意的に映っているようだった。
 リルから懸命に意識を逸らす為の行動だったら、その原因のひとつに自分の存在もあったのだろうと、カイトは反省する。
「……先を考えない付き合いは、気楽だったからだと思うが。大事だからこそリルには手を出せないんだろう」
「だ、大事だと駄目だなんて。そんなこと、何でカイトに判るの?」
 真剣な顔で問うリルに、カイトが言葉に詰まるが、平静を装った。
「そりゃ……、見ていれば判るものだろう? ルアトにとってリルは大事な存在だろう。だからずっと傍にいられる方法を取ろうとしているんだよ」
 ルアトにとって、リルは命の恩人であり特別な存在だ。リル当人はそんなことを考えもしなかったようで、カイトの言葉にぽかんと口を開けている。
「どんなに思っていても言わないと伝わらないこともある。ルアトの気持ちがちゃんとリルに伝わってないようにな」
 カイトが穏やかに語るのを、リルは呆然と眺めていた。
「何かあったときに後悔しないように、自分の気持ちはちゃんと言葉にした方がいい。――どうした?」
「私、判らない。見ても判らない、どんなことを思ってるか、嫌われているか。どれくらい人の近くにいっていいか、傍にいていいのか、判らない……」
「リル……そんな泣かなくても」
 カイトに視線を向けたまま、リルはぼろぼろと涙を溢す。
「初めてだから、判らない。怖い、自信がないの。だから怖いの、遠くに行っちゃいそうで。だって……だって」
 だって、でも、と呟くが、その先を言わずにリルは口を引き結んで涙を溢した。結んだ唇が小刻みに震えている。
「リル……」
 感情を上手く言葉に出来ないのだろうか。カイトは目を細める。村で一人、虐げられていた過去。今まで心の内を言える環境にいなかったのかもしれない。
「いいんだよ。思っていることを、言ってごらん」
 カイトが床に膝を付き、リルの顔を見上げて優しく声を掛けた。リルはカイトから視線を逸らし自分の手を見つめる。その手を握りしめた後、かすれた声で話し出した。
「だって。だって、私、ずっと、ルアトの右手がしたこと、知ってて。ルアトにも、皆にも言わなくて。独り占めするみたいなことして、こんなことになって、ルアトを苦しめて。すごくずるい、嫌なことしたから」
「うん」
「今日、ルアトにもひどいこと言ったの。……すごく怒らせたし、傷つけた。右手が暴れたのは私のせい。呪いはルアトの気持ちが影響するんだもん。今まで大丈夫だったのに。暗い気持ちにさせて、嫌な思いもさせた。嫌われた、嫌われちゃった」
「……うん」
「カイトにもひどいことした。カイトはルアトに怪我させようなんて思ってなかったの、知ってた。ちゃんと眼も見ないで話すなんて。無視して、カイトのこともたくさん傷つけた。私が黙っていたことが一番悪いのに……ごめん、ごめんなさい」
「……」
「宮廷魔術師になりたくないの……怖い魔術をおぼえたくない。そんな勇気も自信もない……すごく怖いの……」
「すまない」
 カイトが謝ると、リルは首を振った。
「カイトは心配してくれた。ルアトのことも、あったから、押し付けないでいてくれた。でも、解ってたの……本当は、お城にいた方がいいって。お城にいた方がいいけれど、ルアトとも一緒にいたい。でも、騎士にはなってほしくない。本当は前みたいに村で楽しく過ごしたかった。でも、もう上手くいかないの解ってる。呪いも、そのままにしておけない。私が出来ないことを言ったら、頷いてしまったら、きっとルアトを困らせる。出来ないことを願ったら、壊れて全部無くしそうで怖いの。何処まで行ったらいいのか、解らないの。……また一人になったら怖い……こわい」
 リルは自分の体を抱きしめるようにしながら震えて涙を溢している。虚ろな眼差し。その不安定な様子に、以前の魔力を取り戻した時のことを思い出し、カイトは不安になる。
「大丈夫、誰もリルを嫌いになんてならない」
 心配になったカイトはふらつくリルの肩を掴み、リルの顔を覗き込んだ。リルは抗うこともなく茫然としている。顔は青ざめ、目元は泣きすぎて赤く染まり、睫毛が震えていた。
「上手くなんて言わなくていい。今、俺に話したことを、そのまま伝えればいいんだ。思ったことをそのまま。それが大事なんだよ。
 ルアトと一緒にいたいって、いける場所までいけばいいんだ。それだけで大丈夫だ。そこが遠かろうと近かろうとも。もう、一人になんかならない」
「ルアトに嫌われちゃったよ……。置いて行かれるのは嫌だ……」
「大丈夫だ。嫌われるわけない。誰もリルを置いてったりしない」
「どうしてそんなこと、カイトに判るの?」
「俺も、同じ気持ちだからだ。ルアトだって、傍にいたいに決まってる」
 優しく見つめられて、リルは動けなくなった。どうしてこんなに優しく、悲しく微笑むのだろう。
 まるで泣いているかのように切ない表情。
「リル、ごめんな」
 肩を掴む手に力がこもった。唐突に謝るカイトに、リルは困惑する。
「どうして謝るの? カイトは悪くないよ」
「……全部、俺のせいだから。本当にすまない」
 何のことを言っているのか理解できず、リルは首を傾げる。
「……何のことか判らないよ」
 話し出そうとして、何度か躊躇う様子を見せたカイト。唇をきつく結んでいたが、リルの眼差しを受けて、重い口を開いた。
「俺が、手をこまねいていなければ、俺さえ潔くいなくなっていれば、ルアトたちは笑っていられた。そうすれば、今頃……皆が平穏だったはずだ」
 まさか――。
「それは。でも、そんなことしたら……」
 口元を押さえて、リルは震えた。ルアトの村を襲った魔術師と、カイトが恋した魔術師。同じだった……。
「リルのせいでも、ルアトのせいでもないんだ。俺が覚悟を決めていれば……こんなことに」
「そんなのもっと嫌だよ! カイトだけ、一人で苦しむのは嫌だよ」
 泣いているかのような、切ない笑みを浮かべるカイトにリルは抱きついて泣きじゃくった。
「ごめんな、リル。俺は涙を流せないから。こんなに苦しいのに泣けない」
 リルの体に手を回すのを躊躇うカイト。リルはカイトにしがみついて囁いた。
「カイトの分も私、泣くから。辛いことを考えちゃいやだ……。私も力になりたいよ。一人で苦しんじゃやだよ」
 ありがとう、とカイトが震えるリルの背に手を回した。
 静かな廊下にリルのすすり泣く声が響いた。その声も小さくなり、リルが泣き止むと、カイトはそっと体を離した。
「いつも泣いてばかりで、ごめんなさい。カイトの方が辛いのに」
「俺の分も泣いてくれているんだ。ありがとうな」
 膝をついたままのカイトが、リルを見上げる。
「リルがいてくれるから大丈夫だ。ルアトも同じだと思う。リルから離れたいやつなんていないから。ルアトも苦しんでいて、言い合いしたことを気にしているはずだ。だからこそ、リルから話しかけてあげるんだぞ」
 涙で濡れた瞳のまま、リルは頷いて笑顔を浮かべた。

 リルの後姿を見送った後、カイトはそっと息を吐いて口元に笑みを浮かべる。そして、ドアノブに手を伸ばす。
(……リルもルアトも同じようなことをするもんだな……)
 心の中でカイトがぼやく。ドアを開けた、カイトの視線の先、部屋の隅にはルアトが座っていた。
 リルの傍にいるのを怖がり、何処にいればいいのか解らなくなったルアトは、カイトの元に相談に訪れていた。そしてリルも訪れ、出るに出られなくなったルアトは部屋に隠れていた。さっきまで椅子に座っていたのに、部屋の隅に膝を抱えて座っていた。それだけ不安だったのかもしれない。
 ――リルに嫌われたくない、怖いんです。置いて行かれたくないんです――。
 二人が同じことを訴え泣いていた。自分に言わず、お互い言えればいいのにとカイトはもどかしさを憶えた。しかし、自分を頼りにしてくれていると思うと嬉しくもあった。
「い、今のは?」
 膝を抱えたルアトが怯えたように訊いた。
「リルだった。ルアトを探していたよ。明日、話に行くと思う」
「……」
 怯えて体を強張らせるルアト。
「心配することはないと思うぞ。リルはルアトを嫌ってなんていないさ。……ただ、リルはちょっと鈍感だから、いろいろ手を出してあまり勘違いさせるようなことはやめた方がいいかもしれないな」
 安心させようとカイトは穏やかな口調で話し、しゃがみこんでルアトを静かに見つめる。ルアトはしゃくりあげながら頷いた。
「俺……おれのこと……」
「部屋に戻るのが嫌なら、落ち着くまでここにいてもいい。俺のところが嫌ならイリスの――」
「カイトさん」
 ルアトは手のひらで涙を拭きながら、カイトを見つめた。
「カイトさんは俺のこと、怖くないんですか? 俺、リルを……カイトさんを殺そうと、していたのに。これから、また、殺そうとするかもしれないのに」
「怖くないよ。その時は俺が止める。だから、もう心配するな」
「でも」
 言い募ろうとするルアトに、カイトが優しく微笑んだ。
「乗り越えるんだ。リルがいてくれる」
 震えながら、ルアトが唇を噛んだ。その様子を見て、カイトが視線を逸らした。険しい表情を浮かべ、黙り込むカイトをルアトは不安そうに見つめる。
「すまないな、ルアト。俺のせいでお前の村は……」
「カイトさんは関係ないです。あれは……」
 村……。背筋を冷たいものが走る感覚がした。
「あの魔術師を……俺が、あの時に刺し違えてでも殺めていれば、お前の村は無事だったろうし、手も呪われなかった。不幸になる人はこんなにいなかった。本当にすまない……」
「あの人がカイトさんの……? でも、そんな……」
「四天王と言われるようになる前に、俺が何とかしておけば……」
 ルアトの手に呪いをかけたあの女魔術師が昔、カイトに呪いをかけたとするなら、カイトが心から愛した人なのだろう。
 長い間、呪い続けているとするならば、あの魔術師はずっとカイトへの愛憎を含め、今でも想っているのではないだろうか? カイトはそれを解っているはず。だからこそ呪われたまま、生きていたのではないだろうか?
「そんなことしたら、カイトさんがいなかったってことじゃないですか。そんなこと嫌だ」
 ルアトがカイトの腕を掴んで駄々をこねる子どもの様に泣いた。その手に自分の手を重ねて、カイトが首を垂れながら呟いた。
「ルアトは俺なんかのために泣いちゃ駄目だろ……?」
「泣くにきまってるじゃないですか……カイトさんだけが辛いのは嫌だ……!」
(全く……言うことまで同じなんだな)
 困惑したかのような表情を浮かべたカイト。微笑んで、泣きじゃくるルアトの頭を撫でた。


 翌朝、レイリアを起こさないように早起きをするリル。部屋を仕切っている布をめくり、そっと覗くとルアトの姿はなかった。部屋に戻らなかったようだ。
 窓の外を見ると、ロニーとルアトが歩いているのが見えた。リルは窓から慌てて離れた。鏡を見ると、瞼が腫れていた。少しでも腫れが引くようにと念入りに洗顔し、クローゼットをあさり、目当ての洋服を見つけて、急いで着替えた。レースに寄ったしわを指で伸ばし、リボンを結びながら廊下を走る。階段を駆け降りた時に、朝食の準備を始めるブリッタにばったり会ってしまい、服装と階段の降り方を注意されるが、謝って走り去った。
 リルは馬小屋へと向かい、そっと中を覗く。ルアトはロニーと共に馬の世話をしていた。二人で話しながら作業をしているが、ロニーに比べ、ルアトは元気がなさそうだった。昨日のあの騒動から、ルアトと話していない。いつ声を掛けようかと悩んでいると、ロニーがリルに気付いて挨拶をしてきた。
「あ、リルさん、おはようございます! その服、どうしたんですか?」
 リルの名を聞いて、ルアトの体が強張る。干し草を運ぶフォークを持つ手が震え、干し草を落とした。
「おはようございます。ちょっと着てみたくなったの。……久しぶりだけれどどうかな?」
「可愛いです。その服の方がリルさんっぽいです」
 とロニー。二人の他愛ない会話の後に明るい笑い声が響いた。そこでようやくルアトは顔を上げた。
 リルは以前の旅で着ていた服を着ていた。赤を基調としたコルセット。レース。久々の膝上丈のスカートに、ルアトはドキッとした。
「ルアト、ちょっといいかな?」
 旅の服を着たリルに呼ばれ、不安な様子でルアトが頷いた。
「どうしたの?」
 ロニーが気を利かせてそっと馬小屋から出る。
「昨日はごめんなさい。ルアトの気持ちも考えないで、怒って酷いこと言って、本当にごめんなさい」
 近くにいた馬の首筋に手をやりながら、ルアトは俯いたままだった。
「俺も相談できなくて、ごめん。……リルが嫌がるの、わかっていたし。右手のことがあるから、心配だったし」
 細く震える声に、リルは頷いた。
「あのね、言いたいことがあって来たの」
「い、言いたいこと?」
 青ざめたルアトが訊き返す。
「呪いのこと、知ってたのに黙っていてごめんなさい。ルアトが苦しむのが解っていたから。どうしていいか判らなくて、ずっと、知らないふりしてた……」
 リルが頭を下げると、ルアトは頭を振り、自嘲気味に笑う。
「俺が、やったことには変わりないよ。……呪いのせいだけれど、俺が……皆を殺したんだから……」
 見上げたルアトの笑顔が切なくて、リルの胸が締め付けられる。
「ルアトは悪くないよ。悪いのは呪いと……呪いをかけた……人。それに、私。ルアトは死にたかったのに、死にたいって気付いていたのに、それを知ってて助けた私も酷い人間。ずっと、何をしたのか思い出さなければいいって、ずるいことを願っていた。それに、昨日は酷いことを言ってしまって、あんなことになってしまった。
 昨日酷いことをしたのに、図々しいけれど、お願いがある、の。私はまだ……から、不安で、一緒に……ううん、……違う、ちがうの。もっと言わなきゃいけないことあるの。ある、のに……」
「リル。いいよ、無理しないで」
 上手く言葉を紡げず、苦しそうなリルを心配するルアト。暫し俯いていたリルは、首を振ってしっかり顔を上げた。口元が震えているが必死にルアトの目を見て、自分の気持ちを伝えようとする。
「と、遠くに行かないで欲しいの。呪いのこと抜きにしても、ルアトが騎士になるのは嫌だ。それは変わらない。けれど、これからも一緒にいたい。いたい、から……。
 あの……あのね、私は宮廷魔術師になろうと思ってる。でも、一人じゃ怖いし不安なの。だからね、ルアト。騎士になって、私を護ってほしいって、思って。今までと同じように、ルアトの近くにいたい。こんなずるい私だけれど、ルアトの苦しみに寄り添っていきたい。辛いときは一緒に乗り越えていきたいって、思うの。私、ルアトの近くにいても、いい、かな?」
 泣きそうになりながらも涙を堪え、一生懸命話すリルに、ルアトの表情が明るくなった。目が潤んだ。返事は一つしか思い付かない。涙が零れてしまったが、ルアトはいつもの笑顔をリルに向けた。
「わかった。リルの近くにいく。傍にいられるように、俺も頑張るよ」
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清水結衣

Author:清水結衣
いつもご訪問いただきありがとうございます。

オリジナル中心でお絵かき。たまに版権絵。
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プロフ画は野分シムロさんに描いていただきました
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