【Cry*6】2-6、雨模様
2017.02.02 17:00|【Cry*6小説】第2章|
2-6、雨模様
薄暗い部屋、雨音と共に町の騒めきが耳に届いていた。寝醒めたまま放心しているリルの顔をルアトが覗き込む。
「起きた? 気分はどう?」
ルアトに寝顔を見られたことに腹を立て、唇を尖らせ不機嫌そうな顔をするリル。その様子にルアトが安堵して笑顔になる。
「……頭が痛い」
「頭だけ?」
「痛いの。だるいの。気持ち悪い……うるさい」
宿のベッドに寝ている。外は土砂降りのようだった。
「ああ、これお祭りの音だよ。久しぶりに恵みの雨が降ったからお祭りをしているんだって。ずぶ濡れになって騒いでいるみたいだよ」
リルは眉間に皺を寄せ、頬を膨らます。
「……お祭り行って来たら?」
「そんな気分じゃないよ」
そうだよね、とリルが言い、二人で笑った。もう一つの笑い声。
「リルさん、お体大丈夫ですか?」
湖の乙女が心配そうにリルの顔を覗きこんだ。さっきの悪態を見られていたことに、リルは顔を赤くした。
神殿で纏っていた装飾の多いドレスを脱ぎ、今はルアトの服を着ている。何故ルアトの服を着ているのかともやもやしたが、あえて気にしないことにした。
「あなたは……」
「レイリアと申します」
姿勢を正し、座ったまま膝に手を乗せて頭を下げる。
「良かった、一緒に来てくれたんだ……。良かった」
ゆっくりと体を起こし、レイリアが無事なことを確認して安堵するリル。その表情に、レイリアは顔をほころばせる。
雨は降り続いていた。ルアトは窓辺で外を眺めながら考える。
雨が上がってから出立するつもりでいる。しかし、雨は数日続く可能性がある。しばらくこの宿に滞在するしかないだろう。宿の女将に連泊のお願いついでに、宿賃の値下げ交渉をしてみよう。仕立て屋を紹介してもらい、レイリアの服を新しく仕立てないといけない。いつまでもルアトの服を着せているわけにもいかない。
リルと泊まっているうえ、さらにレイリアが来たことで、女将には散々茶化されてしまったが、宿賃の値引きには成功する。ルアトが宿の雑用を請け負うことで三人分の食事代をただにしてもらう。
仕立て屋は雨の中採寸にやって来た。丁度仕事の合間で手透きだったらしく、納品も早かった。
淡い紫色に染められた柔らかい亜麻の布を使い、レイリアの希望でビスチェ風に肩を露わにしたデザインになった。スカートではなく、裾が膨らんで裾口を絞ったような、ゆったりしたパンツ姿だった。レイリアの豊かな胸元と腰のくびれを強調した服となった。
「似合う?」
着替えた後、ルアトたちの前でくるりと回転して見せる。
「あら、綺麗だよぉ。何処かの国のお姫様みたいだよ」
様子を見に来た女将も、レイリアに惚れ惚れする。
ルアトの服を着ていたのは、リルの服では胸と臀部がきつかったからだ。レイリアのスタイルの良さを見て、リルは静かにショックを受け、しばらくベッドに潜って落ち込んでいた。
雨は続くが、宿の宿泊客は続く祭りに繰り出している。昼の空いている時間に、ルアトは料理の手伝い、雨でぬれた床拭きなど掃除もこなした。
「ルアト、ごめんね。あなた一人働かせて。私も働くよ」
「リルは休んでいて。ただでさえリルにお金払ってもらってるんだから。レイリアもいるから二人でのんびりしていてよ」
レイリアはリルの側にいる。たまたま宿にあった本を呼んでほしいとリルに頼んできた。それは童話など子供向けの本だったが、手持ちぶさたのリルは笑顔で読みきかせをした。レイリアはリルの声に目を閉じて耳を傾けていた。時折窓の外を気にして見ていた。
「雨すごいね」
「私、やりすぎちゃったかな。あの魔術師は、魔術でこれだけの雨を降らないようにしていたみたい」
リルはベッドの上で半身を起こし、部屋に戻ってきたルアトが淹れてくれたお茶を飲んでいた。
「雨が降ったのは、リルさんのおかげなのに、私がやったことになってるの。すごく変だし嫌だな」
テーブルで頬杖を突きながらレイリアが悔しそうに言う。正直な子だとリルは思った。
「私はレイリアのおかげでいいんだけどな。それより、レイリアは生きてるって言った方がいいんじゃないかな?」
「湖の乙女が犠牲になったから、雨が降ったってことになっているから。このままでいいかなって」
湖の乙女の力を信じている人もいるかもしれない、とレイリアが寂しそうに笑った。
カップをサイドテーブルに置き、リルはそっと掛け布の中に潜った。
彼女に酷いことを言ってしまった。彼女が死んでも雨は降らない、と。彼女は生贄になろうとしていたのに。信じていたことを、頭ごなしに否定してしまった。
その様子を心配して、ルアトはベッドの縁に座ってリルの顔を見降ろした。顔色はまだ悪い。もう少し寝た方がいいよとリルに声を掛けた。
返事をせずに、リルは傍に置かれたルアトの手をそっと握った。
「リル、今はいいよ。無理しないで」
「今だから魔力を使えるの。休んでいるから平気」
二人の様子をレイリアは興味津々で見ていた。
「ルアトさんとリルさんは旅をしているの?」
彼女は手のことは訊いてこなかった。ずっと気になっていたが、ようやく「さん付けしないで」とルアトはお願いをした。
「旅なのかな。お城まで行くつもりなんだ。その先は解らない」
わからないんだ、とレイリアが呟いた。
「この国のお城、私は行ったことない。湖の乙女として神殿に行ってから、ずっと外には出ていないから」
「そうなんだ。って……もしかして都にも出たことなかった、とか?」
こくりと頷く娘。リルとは違う意味で世間を知らないようだ。
「私も見てみたいな。外の世界。私、ずっとお屋敷にいたから知らないことがたくさんあるの。だから、一緒に行きたいな」
「安全じゃないかもしれないよ」
ルアトが静かに言う。魔術師にもルアトとリルの存在を知られてしまった。リルの魔力は狙われるだろう。そして呪いを受けても生きているルアトの存在も。
「安全じゃなくていいの。私、戻る場所、ないし。もういないことになってるから」
リルがそっとルアトの袖を引っ張った。
「なに? リル」
「……一緒にいこうよ。居場所がないんだよ。私たちと同じ……」
この町にはいられない。村にはいられない。村がない。
「そうだね。俺たちと一緒に行こう。雨が止んだら出発しよう」
「ありがとう!」
花が咲くように笑顔になるレイリア。その後で頬を赤らめ、そわそわし始める。
「……?」
「あと、一つ、お願いしたいことがあるの……」
頬を紅潮させて、レイリアは胸の前で手を合わせた。
「お、お願い?」
ルアトは不穏な予感がした。
「うん、ちょっとリルに……」
頬を赤らめ上目遣いのレイリアに、ルアトの手を離したリルが首を傾げた。
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