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【Cry*6】5-6、禍を招く想い

2017.08.24 00:00|【Cry*6小説】第5章
「呪われた右手」


5-6、禍を招く想い

 ルアトの手から離れた剣は、鈍い音を立てて床に転がった。
 すぐさまカイトはその剣を蹴りあげる。柄を手にし、ルアトの首元に剣先を突き付けた。ルアトは右手を押さえながら後退りし、壁に追い詰められた。背が壁に当たると、そのまま寄り掛かり、ずるずると座り込んだ。
「ルアト。その右手のことを、どうして黙っていた?」
 静かに問うカイト。剣先はぶれずに、ルアトの首筋を狙っていた。ルアトは呻くばかりで、動きたがる右手を左手で必死に押さえていた。
「なんで言わなかったんだ。そんなに死に飢えているというのに……」

 転びそうになりながら部屋に駆け込んで来たリルが、二人を見て青ざめた。
 呪われた右手。突きつけられた剣の切っ先。険しい表情のカイトの横顔。泣いているルアトの、震える体。生気のない茶色の虚ろな瞳。
「やだ!」
 叫んだリルは、カイトに背を向けるようにルアトの右腕にしがみついた。
「リル! そこをどくんだ!」
「イヤだ!」
 カイトに怒鳴られても、リルは俯いたままの姿勢で動かない。追って来たレイリアは肩で息をしながらドアに掴まりながらへたりこむ。
「リル、俺の手は、俺は、もう駄目だよ……。だって、俺……こんなこと」
 ――こんなこと、したがっている。
 涙を流し、震えるルアト。動きたがる右腕にしがみついたまま、リルは頭を振って顔を上げない。
「リルは知っているのか? ルアトがその手でやったことを……」
「やだ! 聞きたくない!」
 レイリアは悲壮に満ちたリルの声に震えながら、皆の姿を見ていることしかできなかった。カイトの言葉をリルは遮り、震えるルアトは強く両目を瞑った。全身が震え、歯ががちがちとぶつかる。
「ルアトはその手で……村の人間も、兵士も、皆を殺したんだぞ」
 床に座り込んだレイリアが口に手を当てて、悲鳴をこらえる。
「村で見てきた。殆どの遺体の凶器は刃物。魔術じゃないんだ。――ルアト。お前はその手で、村人を殺したんだろう?」
 ルアトは震え、痺れる頭で、以前リルに語ったことを思い出していた。
 ――魔術を使ったのは女一人だった。あいつは、一人で村の人を、殺して、俺の大事な人たちも。俺の、家族も、恋人も、殺して、殺して……あいつが……あいつらが許せないんだ。あいつらのせいで、あいつらの魔法のせいで、俺たちの村は滅んだんだ――。
(――違う、自分が、俺が、皆を殺したんだ)
 光の魔術師が殺めた村人は数人のみ。その後の殺戮は、追い詰められ呪いを投げつけられた自分が行った。
 敵から自分と恋人を庇うように立っていた隊長の剣を奪った右手。斬られ、事切れる寸前まで、彼はルアトの身を案じてくれた。引きちぎるようにフィブラを胸元から取り、懐から取り出した手紙と共にルアトの手に渡してきた。 
 逃げる村人を執拗に追いかけた右手。友も恩人も家族も。鮮やかな剣の動き。人を斬る感触、血の臭い、苦しむ姿。恋人の最期の。恐怖に歪んだ顔。微笑んで、そして。
 そして――。
「ぅ……あ……あ……」
 左手で顔を覆った。忘れられないのに、憶えていなかった。いや、憶えていられなかった。自分が壊れてしまうから。薄々気付いていたのに。どうしてか都合のいい過去を思い描いていた。自分が被害者である記憶を捏造していた。心が壊れないように。しかし、思い描いた記憶には綻びが出ていた。その綻びに気付く度、右手の傷口は血を流した。涙の代わりのように。
 涙が頬を伝う。しかし、泣いて許されることではなかった。
「――だからどうしたの?」
 低い声で問う。怒りか、悲しみか、リルの声は震えていた。
「リル?」
「知ってる……知ってたもん、そんなこと」
 ルアトがはっとしてリルを見る。知っていて、自分を助け続けていた? カイト、レイリアも言葉を失う。
「ルアトは苦しくて死のうとしてた。でも、私が勝手に引き留めたの! だから、ルアトにひどいことしないで!」
「お前が命を削ってまで助けるような人間か? お前はルアトのせいで死にかけているんだろう?」
「私の我儘で助けたから……助けたかったんだから。もう、私の命は削られてたんだから。カイトに言われたくない!私のことは私が一番知ってるもの!」
 嗚咽を漏らしながら、リルが怒鳴った。
「カイトさん、お願いです。どうか、どうか俺を殺して下さい……!」
「やだ! やだ! ダメ……絶対ダメなんだから!」
 懇願するルアトとそれを拒むリル。顔は見えないがリルの泣く声が漏れる。カイトの剣先が震えた。
「……」
 そろそろと立ち上がったレイリアが、カイトに歩みよる。剣をきつく持つカイトの手に、自分の手をそっと添えて静かに呟いた。
「もう、やめよう? あんな風にリルを泣かせちゃダメよ」
「……」
 目を閉じたカイトは剣を鞘に納め、無言のまま部屋を出た。レイリアはその後ろ姿を見つめた。
(カイトもつらい。何も言ってもらえなかったのは悲しいし……もどかしいし苦しいわ)
 ルアトは声を上げて泣くリルの背をさすり、落ち着かせようとしていた。
「大丈夫よ……リル」
 レイリアがリルの傍らにしゃがみ、優しく声を掛ける。
「カイトも分かってるわ。だから、泣かないで」
 違う、そうではないとリルは頭を振って、泣きながら部屋を飛び出した。

 リルを無言で見送ったまま、レイリアは座って動けないルアトの傍にいた。床にペタンと座り、ルアトに寄り添う。カイトが残した短剣を手にして暫し見つめる。拾った鞘にしまい、自分の横に置いた。
「ごめん……黙っていてごめん、レイリア。レイリアも俺のこと、軽蔑しただろ? 俺は、俺はひどいことしてて」
「辛い思い、してきたのね。私、そんなに大変な呪いだなんて知らなくて、何もしてあげられなくて……」
 悲しみに潤んだ瞳がルアトを見つめていた。そろそろと右手が動いた。レイリアの首に――。
「レイリア……逃げ……」
 レイリアは微笑んで、首に伸びたルアトの手を両手で包む。
「ルアトのこと、怖くないわ。私、ルアトに殺されてもいいもの」
 同じことを言われた。刃こぼれした剣で切りつけ、それでも殺せないことに苛立った右手が首を絞めて殺めた、最期に無理して微笑んだ、あの人。
「ごめん、俺、俺は……」
 右手から力が抜けた。震えながらすすり泣くルアトを、レイリアは抱き寄せた。レイリアにもたれ掛かりながら、ルアトは声を殺して泣いた。

 陽が傾き、赤紫色に染まってきた。部屋の中にも夕闇が漂い始め、レイリアはそっとルアトから身を離した。
「気持ちは落ち着いた?」
「ありがとう、レイリア」
 レイリアに抱きしめられつつも、ルアトはレイリアには手を回さなかった。
「……今度は、一人で頑張るのね」
 淋しそうに微笑むレイリアに、涙で濡れた顔のままでルアトは小さく頷いた。
(あなたはどんなに近付いても、近付けないのね。ずっと、遠くにいる)
 気を取り直すように「よし」と声を出し、レイリアが自分の膝をポンと叩いてルアトを見る。
「そろそろ、行かないと。心配してイリスたちが来ちゃうわ。さぁ、怒られる前に適当に謝るわよ」
 ふざけて言うのを聞いて、目元が赤いまま、ルアトが笑う。その様子を見て、短剣をそっとルアトに差し出した。
「俺が持っていると、何をしでかすか、解らないよ」
 震えながら拒むルアトに、レイリアが目を細めてふんわりと微笑んだ。
「リルはルアトに渡したのよ。――リルはルアトの右手も信頼していたんじゃないかしら。だから、大事にして」
 ルアトは短剣を受け取り、唇を噛んだ。立ち上がったレイリアは、手を差し出す。
「ほら、立てる? まず、リルを探そ」
 レイリアがルアトの手を引っ張って立ち上がらせた。ルアトは震える手で、腰に短剣を差し、二人で部屋を出る。
「あら、カイト」
 歩き出したレイリアが立ち止まり、ルアトが不安な表情を浮かべた。階段の踊り場に、壁に寄り掛かりながら佇むカイトがいた。
「まさか、待っていたの?」
 レイリアの呆れ気味の声に、カイトは何も答えない。無言は肯定だろう。
 部屋で泣いていたリルに声を掛けられず、リルの元を去ったカイトは、ひたすらルアトが落ち着き、部屋から出てくるのを待っていた。
「ルアトに、話したいことがあって」
 ルアトは緊張し、レイリアが口元に人差し指を当てながら、怪訝な顔をする。
「私、お邪魔かしら?」
「……いや、レイリアもいてほしい」
「ん?」と、レイリアが首を傾げた。
「か、カイトさん。何か、あったんですか?」
「いや、特に……何も。いや。酷いことをしたから……謝りたくて」
 カイトは静かにルアトを見つめた。
「隊長の手紙に書いてあったんだ。何があっても、この手紙を届けた青年を責めないようにと。何かあったとしてもそれは、全て呪いのせいだと。なのに。俺は……俺は酷いことをしてしまった。すまない、ルアト。謝っても許してもらえることじゃないのは判っている……」
 二人が呆然とする前で、カイトは深く頭を下げた。
「カイトさん、やめてください! 頭を上げてください」
 頭を下げ、詫びるカイトに、ルアトは慌てた。
 ルアトが手紙を渡されたのは光の魔術師が現れた後。自分の右手が剣を奪った後だ。隊長が手紙をしたためたのは、光の魔術師に襲われる前だったはずなのに。自分のことを心配していたのだろうか……狙われることを予知していたのだろうか?
「カイトさん、謝らないでください。俺はひどい人間だから、何を言われても良いんです」
 情けないくらいに声が震えた。優しさに触れて、とても嬉しくて、温かさが悔しかった。
 ――カイトも王も、もしかしたらイリスも、皆が呪いのことを知っていて、何も言わず見守り、騎士の道を薦めてくれたのだろう。
「ルアトは強い人間だ。ただ……、俺にも呪いのことを話してほしかった。俺は、皆のことを仲間だと思っているから、困ったことがあったら力になりたかった。それだけだったのに、俺は……」
「仲間……」
 ルアトが呟いた。
 カイトは頼ってほしかったのだ。とても不器用な人だと思った。不器用で、真面目で、とても優しい。あれ程、自分は拒絶していたのに。
「これからは何かあったら相談してほしい。リルだけじゃなく、俺やレイリアにも」
 ルアトがはっとしてレイリアの顔を見ると、レイリアは潤んだ瞳で微笑んでいた。
「そうよ。も少し信用してほしいわ。確かに私は頼りにはならないけれど。私だって、ルアトのこと心配してるのよ。ルアトとリルは大事な人だもの」
「ありがとう、レイリア。ありがとうございます、カイトさん。俺……」
 俯いたルアトは泣いていた。
「ごめんなさい。俺は、怖くて……だって人をたくさん殺して、殺して。逃げてきたから……」
 突っ立ったまま涙を溢すルアトの頭を、カイトは優しく撫でた。
「俺も大事な人をたくさん殺してしまった。それはもう、変えられない過去だ」
 ルアトの頭に手を載せながら、カイトは目を閉じる。
「これからの生き方を考えるんだ。一人で抱え込むな。ルアトは一人じゃないんだから」
 溢れる気持ちを抑えることが出来ず、ルアトはカイトの前で子どもの様に泣きじゃくった。カイトは静かにルアトに寄り添った。
「だって、俺、ひどくて。カイトさんはどうしてそんなに、優しいんですか? 俺なんかに……俺は、今までずっと嫌な態度ばかりとってたのに」
「そういうものだろう。俺は気にしてないさ。……お前たちより年寄りだしな」
「何よりぃ、恋敵だしねぇ? 嫌な態度されたって仕方ないわよねぇ、ねぇ?」
「レイリアは調子に乗るな」
 カイトがレイリアと睨み合うが、すぐに二人共吹き出して笑う。その様子にルアトも笑う。こうやって二人はいつも雰囲気を明るくしてくれる。
「まぁ、ルアトには勝てないさ」
 穏やかに言うカイトの顔を、ルアトがそっと見た。
「カイトはこれからお仕事なの?」
 レイリアが首を傾げる。
「途中で抜けてきたからな。騎士やら宮廷魔術師の件を抜きにして、神殿に行けるようにエドヴァルド王を説得してみようと思う。早くルアトの呪いとリルの命をどうにかしたい」
「そうね、リルの命も何とかしたい。一緒に長生きするんだから。王様の説得、頑張ってね」
 レイリアが胸元で両手を握りしめ、カイトを応援する。笑顔を浮かべるルアトの肩を、励ますようにカイトが優しく叩く。二人に軽く手を振りながら、階段を下りていった。


 皆の様子が気になり、戻って来たリルがその様子を見ながら震えていた。
 ――誰も信じず、独り占めしたかった。一番ひどいのは私なんだ――。その結果、皆を苦しめた……。
 廊下の柱の陰に隠れたまま、リルは唇を噛む。
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コメント

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No title

こんばんは。

なんとも辛く悲しい事実に驚きました。
光の魔術師がルアト君の住んでいる村を襲ってもメリットが無いと
カイトさんは推測していましたが、妬みだとか個人的な理由で
ルアト君に呪いをかけたような気もします。

夢の中での恋人との会話で「謝りたい」「恨んでいない」という言葉が出たのは
助けられなかったから、助けてもらえなかったからでは無かったのですね。
キツイというか切ないです。

鍵付きコメントさま

ご訪問、コメントありがとうございます(*´ω`*)

イラストへの感想もありがとうございます♪
ファンタジー一色のブログになっています(´∀`)
続きも頑張ります(*´ω`*)

ありがとうございます!

ひもたかさん

コメントありがとうございます(*´ω`*)

この話は載せるかどうかをずっと悩んでいたのですが、
自分の中では大事な場面だったので載せてしまいました。

ここでようやく真実がわかりました。
リルの首に手を伸ばす、穢いのは自分とリルに言ったこと、夢に出た亡き恋人の言葉……
はここにつながってきます。
忘れようとしても忘れられなかったことだったんです。

登場人物につらいものを背負わせてばかりですね(;´ヮ`)
暗いばかりの話なのに読んでくださってありがとうございます(´;ω;`)
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