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【Cry*6】6-4、思い違い 勘違い 心得違い

2017.10.12 00:00|【Cry*6小説】第6章


6-4、思い違い 勘違い 心得違い

 リルが静かに寝室へ戻ると、ユーファは部屋の奥の寝台に倒れ込むように泣いていた。
「ユーファ様……!」
 声を殺して泣く姿に、リルは慌てて駆け寄った。リルが震える肩に触れると、ユーファはびくりと体を強張らせる。
「お、驚かせてごめんなさい。大丈夫ですか?」
 体を強張らせるユーファに、リルは優しく声を掛けた。
「リルちゃん、ごめんね。私、どうしてこんなことになったのかわからなくて」
 ユーファは涙を拭いながら、のろのろと顔を上げた。リルを見つめ、震えながら手を伸ばすが、リルに届きそうなところでその手が止まる。
「リルでいいですよ。ユーファ様」
 触れるのを躊躇う様子に、リルは寝台に腰掛けて自分からユーファの手を取って笑みを浮かべた。その手は冷たく震えている。
「――じゃあ、リル。私のこともユーファって呼んで?」
 リルが頷くと、ユーファはリルに抱きついて声を上げて泣く。突然の抱擁にリルは吃驚したが、そのこと以上に巫女の中に感じる眩しい光に恐怖を抱いた。例えるなら灼熱の太陽。無慈悲に燦々と照らし、身も心も焦がすような鋭い光。
 彼女の目元にはクマが出来ていた。寝ていないのだろうか。恐怖か疲労か、彼女の体は小さく震えている。初対面の自分たちに虚勢を張った月の巫女は、脆い心で、独りで苦しんでいた。
「ごめんね。ごめんね、リル。びっくりするよね。私、辛くて仕方がないの。世界が眩しくて、自分が眩しくて息苦しい。……あなたの傍に行きたかった。あったかくて、優しい夜――魔力だけじゃない、あなたの心は、本当にあたたかくて優しいわ」
 面と向かって自分の存在を望んでいたと言われたのは初めてで、リルは照れて言葉に詰まる。自分は臆病な人間だ。傷つくことが怖いだけで、これっぽっちも優しくない。彼女の瞳に、自分はどう映っているのだろう。
「私は……どうなっちゃうの? どんどん変わって、私じゃなくなってしまう。日陰がない熱い大地に、置いてけぼりなの……。私にだけ光が注いて、何も見えないし、判らない。怖い、こわい……」
 リルの体に手を回し、ブラウスをきつく掴みながらユーファは震えている。リルはユーファを抱き寄せた。
「私がユーファ様……ユーファの日陰になります。私が傍にいるから、心配しないで。どんな姿になっても、あなたはあなた。ゆっくり休んで。それから、一緒に考えましょう?」
 ユーファの耳元でリルが穏やかな声音で囁く。リルに抱きつきながら、ユーファは何度も頷いた。

「突然、ユーファ様の髪の色が変わったんです。宮殿に……部屋に籠って、誰にも会わなくなりました。そして神殿へ行かなりました」
 涙を溢しながらモニカが細い声で話す。レイリアが首を傾げる。
「突然なの? きっかけとかはなかったの?」
「あったのかしら……。あったと思います。髪の色が変わった時に、神官様が姿を消しました」
「神官様?」
 三人が同時に訊き返していた。神官という存在が初耳の三人に、モニカが慌てて説明をする。
「ユーファ様が月の巫女になる前の代から、『黎明の神官』という政の補佐役がいらっしゃるんです。二代目の神官様は、ユーファ様の髪の色が変わられたときに姿を消されて……そのまま」
 月の神殿に、月の巫女に黎明の神官。話の内容から、ルアトとロニーは顔を見合わせて黙り込むが、レイリアは目を輝かせて身を乗り出す。
「神官様がいなくなったままなのね。それは月の神殿で?」
「いえ、ユーファ様の寝室で……」
「神官様のお年は?」
「ユーファ様より少し年上です」
「カッコいいの?」
「それはもう」
 思いつくままに質問したレイリアは目を細めて、ルアトとロニーを見た。にやつくのを必死にこらえ、顔をしかめる。
(それって……)
(それって、ねぇ……)
(それって、絶対……神官が怪しい)
 顔を見合わせる三人。不穏な空気を払うように、ルアトは咳払いをしてモニカに訊ねる。
「あ、あの、二人は一緒に寝室にいたんですか?」
「はい。ですが、その時に何者かが外部から侵入したという話もあります。神官様は襲われたのかもしれないと……」
 寝室に招き入れる存在の神官。それだけ神官を信頼していたのだろうか。それ以上の関係だったのではないか。――とはいえカイトもリルも寝室に呼ばれている。巫女にとっては寝室に誰かを入れるのは珍しいことではないのかもしれない。
「ユーファ様は、神官様のことを何て話しているの?」
「おつらそうな顔をして、何も……」
 モニカが駆けつけた時には、暗い寝室の開け放たれた窓は割られ、硝子の破片が飛び散り、髪の色が変わった月の巫女が倒れていたという。、巫女には怪我はなく、部屋にいたはずの神官の姿はなかったという。
 それからユーファは何かを恐れるように自分の宮殿に幾重にも結界を張り、色が変わった髪を隠すために星の乙女を締め出して部屋に籠ったらしい。
「神官様は見眼麗しくて頼りになる殿方なのでしょう? 若い男女が同じ場所にいて事件があったのなら、痴情の縺れとしか考えられないわ」
 腕を組みながら熱く語るレイリアを見て、モニカが慌てて首を振った。
「そ、そんなことはないはずです。ユーファ様はしとやかで慎み深い方です。そんなことは……」
 先程の姿から、ルアトとレイリアはしとやかな巫女を想像できなかった。モニカが両手で顔を覆って泣き、横に座ったロニーが慌てて不器用に慰める。

 モニカのことはレイリアとロニーに任せて、ルアトはユーファの寝室へと向かった。ドアをノックすると、リルの声がした。
「ユーファ様、リル……入っていい」
 部屋に来たルアトに吃驚しつつも、笑みを浮かべるリル。皆で楽しく過ごし、自分のことを忘れられていると思っていたので、リルは嬉しかった。
「ルアト、どうしたの?」
「カイトさんからここにいるって聞いて。リルが魔力を使っているのかって、気になってさ」
 リルが巫女の部屋にいることは部屋に戻るカイトから聞いていた。彼は疲労のせいか、言葉少なにルアトの元を去っていた。
 リルに歩み寄るルアトの足が止まり、視線は一点に釘付けになる。リルの手――眠ったユーファと手を繋いでいる。
「ん?」
 寝台の横に置いた椅子に腰掛けたリルが、ルアトの顔を不思議そうに見上げる。ルアトは慌てて視線を逸らし、「何でもない」と首を振った。
「心配してくれてありがとう。魔力は使わないで、ただ傍にいるだけ。私の闇の気配のせいなのかな。落ち着いたみたいでユーファ様が眠ってるの。ずっと眠れてなかったみたいだから、よかった……」
「リルは疲れていないの? 俺が起きているから少し休んだら?」
 不安そうな眼差しのルアトに、リルが優しく微笑む。
「ありがとう。まだ大丈夫だけれど、つらくなったらそこのソファに寝かせてもらうね」
 ルアトはソファに座り、お互いの手に入れた情報を交換する。リルの話を聞いたルアトが唸った。月の巫女がファルセーダになってしまうとは。
「ユーファ様もファルセーダになっていたんだ……髪の色が変わるって、そういうことだったんだ」
 巫女を見た時にカイトが困惑し、粗暴な態度をとった理由も解った。
 しかし、モニカから聞いた話を思い出して、ルアトが首を捻る。月の巫女をファルセーダにした人間は一体誰だろうか。
「ユーファ様をファルセーダにしたのは、ここに忍び込んだ誰かか、黎明の神官様か。モニカさんの話を聞いた限りでは神官が怪しすぎるんだ。神官が事件に巻き込まれて、さらわれたということも考えられるけれど。その割には被害がない気がするんだ」
「神官?」
 初耳のリル。月の巫女の傍にいたという黎明の神官。ルアトから話を聞いたリルは、緊張した様子で辺りを見回した。
「こ、この場所で襲われたの……?」
 だからルアトが心配して来てくれたのだろう。
(でも……カイトは何も訊かなかったし、ユーファ様も自分が悪いように話していたっけ……)
 カイトは神官の存在を知っていたのだろうか。そして誰にファルセーダにされたかをユーファには訊かなかった。いつもなら原因を探り、分析し、困難に立ち向かおうとする彼にしては珍しいことだった。責める口調のカイト。あまりにも無防備なユーファ。そして、彼女の言動からは後悔が滲み出ていた。リルも違和感を感じる。
「そんな事件があった場所に、ユーファ様が籠って過ごしているっていうのが、どうしてもね。その神官が恋人だったのかはわからないけれど、大事な人がいなくなった場所にいるって、結界を張って安全だったとしても嫌だと思うんだ」
 ルアトのもっともな言葉に、リルは頷いた。警備を強化している様子もない。神殿の人間たちは巫女のことだけを心配している。ユーファが怯えているものは外にあるのか、内にあるのか。彼女は独りで震えて耐えていた。光の魔力に蝕まれた繊細な巫女が、事件があった場所で過ごせるだろうか。
「ねぇ、ルアト。ユーファ様に訊いてみよう? もう少しして、落ち着けば話してくれると思うの」
「わかった。そうしよう」
 足を組み、片肘をついて考えに耽るルアト。
「――ねぇ、ルアト。ファルセーダになるのってどれくらいつらいのかな。それを拒んだら、どれだけ苦しいのかな」
「カイトさんのこと?」
 ルアトは視線をリルに向ける。意地を張っていた以前とは違い、ルアトもカイトを心配していた。少し間を置いてから、リルはルアトを見つめて頷いた。
「カイトはファルセーダになるのをずっと拒んでいるんだって。呪いっていうのはファルセーダになることを拒むことだったみたいなの。それはとてもつらくて、苦しいらしくて……」
「たぶんとてもつらいと思うし、つらかったとも思う。今は王様やウルリーカ様やイリスさんたちがいるけれど、一番つらい時期に独りで耐えたんだから……俺にはできないよ」
 リルは俯いた。
「……新しく変わるのと、他のものに変わるのを拒むのは、どちらがつらいのかな」
 リルの問いに、ソファ―に座りながら天井を見上げ、ルアトが表情を緩めた。
 変化は成長だともいう。
 自分はリルに出会ってから、彼女のお陰で成長し、変われた気がする。昔より、優しくなった気がする。
「変わるのはつらいことだけれど、成長していくうえでの変化はいいことだとも思うんだ……年取る変化だけは怖いけれどね。他人に勝手に変えられるのは俺だったら嫌かなぁ。無理強いされなければ、嫌じゃないかもしれない。――でも、相手によるかもしれないな」
 彼らしい答えに、リルは安堵して頷いた。その後で、時折手を強く握ったり、顔をしかめてうなされているユーファの寝顔を見下ろした。
(月の巫女のユーファ様がこんなに苦しんでいるなんて……カイトはどれだけ苦しかったんだろう。それは今も続いているの?)
 カイトは未だに呪いをかけた魔術師と繋がっている。どんな想いを抱いて、彼は苦しんでいるのだろうか。そこに彼の未練はあるのだろうか。どんなに考えても、リルにはカイトの真意は判らない。

 翌朝、深い眠りから覚めたユーファは、穏やかな心持で朝を迎えることができた。開けた薄目を再び閉じ、深呼吸しながら掛け布を肩まで掛けた。気持ちの良い朝だ――もう少し眠ろうか。
 リルが来てくれてから、自分を覆っていた光が剥がれた気がした。彼女はとても優しい気配だった。彼女自身も優しい娘だ。取り乱した自分に――多分彼女は人見知りだろうに――慣れないながらも優しく手を差し伸べてくれた。
 名残惜しくて、そっと彼女の手を探し、手を握った。夜の気配がとても心地いい。ユーファが手を握ると、そっと握り返してくれたので、起きたのかとユーファが声を掛ける。
「リル……昨日はごめ……ん……? ん?」
 リルに昨晩のことを謝ろうと、顔を横に向けながら目を開けたユーファ。
 しかし自分に手を伸ばし、寝台に頭を載せて寝ていたのはリルではなく、ルアトだった。今自分は、彼の手をしっかりと握っていた。
「な、な、なんで……!」
 完全にリルの手だと思っていた。ユーファは頬を紅潮させ、慌てて手を離す。ユーファが手を離した時に、ルアトが目を覚まして顔を上げた。
「あ、おはようございます。ユーファ様」
「な……なんであなたがここにいるのよ! なんで?!」
「え? あ、あの」
 ユーファが悲鳴を上げ、ルアトに枕を投げつけた。

 ソファで寝ていたリルが飛び起き、別の部屋にいたモニカとレイリアがユーファの悲鳴を聞きつけて駆け込んできた。
「ユーファ様!」
「何々? 何があったのぉ?」
 顔面蒼白のモニカと興味津々のレイリア。ルアトは座っていた椅子から転げ落ち、投げつけられた枕を抱えながら、呆然と床に座っていた。駆け込んできた二人にリルが慌てて謝る。
「ごめんなさい。私が寝ていた時に、ルアトに看てもらっていたの。それで……それで」
 ユーファはベッドの端まで避難し、掛け布にくるまって震えていた。就寝時に下着姿になっていた。ルアトが自分の下着姿を見るような人間ではないと判ってはいるが、ユーファの動悸はおさまらない。
「ごめんなさい、ユーファ」
「申し訳ありません。ユーファ様……俺」
 リルが謝る横で、床に座ったままのルアトが心底済まなそうに頭を下げた。ユーファは心を落ち着かせるように大きく息を吸う。
「わ、……私こそごめんなさい。取り乱したわ。リルがいると思ったらルアト君がいたから……。だって、だって……間違うじゃない? それに、寝室に男の人がいたらびっくりするでしょう?」
「そう、かな……」
 上目遣いにリルが訊いた。
「そうよ! だって寝ている時よ? ふしだらじゃない!」
 常識的なことをユーファに強く言われ、反論も出来ない。項垂れるリルをレイリアが慰めた。
「リル、どうした? 何があった?」
 少しだけ開いたドアの向こうから、カイトの声が聞こえた。心配して来てくれたのだろう。リルは慌てて部屋を出た。
「カイト、ごめんなさい! 何もないの。私が……」
 歩きながら説明しているのか、リルの声がだんだん遠くなる。
「お召し物を用意してまいりますね」
 胸に手を当てて呼吸を整えているモニカが部屋を後にし、レイリアがにやにやしながら彼女の後を追うと、部屋にはルアトとユーファが取り残された。
 しょげた様子のルアトを見て、ユーファも申し訳なくなった。
「あなたが心配してくれていたのは判っているの。でもびっくりして。強く言ってしまってごめんなさい。変なことはしないとは解っているのだけど。男の人が近くにいすぎたというか……。ルアト君も心配してくれたのに、ごめんなさい」
「大丈夫です。俺こそすみません」
 ルアトを意識してしまったユーファは、落ち着かず、髪をしきりに弄った。
「――ルアト君はリルちゃんの恋人なの?」
「違います」
 そっぽを向きながら、ルアトが即答した。床に座り込んだルアトは気落ちしたのか、枕を抱えたままで俯いている。
「変なことを訊いてしまってごめんなさい。仲が良さそうだから、てっきり……。雰囲気も似ているし」
「俺は、リルにふさわしい人間じゃないんです。それに、俺はリルみたいに優しくないです」
 目の前の青年は哀しい顔をしていた。ユーファが目を細める。彼が背負っている過去は重いようだ。
「優しい人は自分で優しいなんて言わないわ。それに、ふさわしいかどうかなんて自分じゃ解らないものよ。だって決めるのは相手でしょう? ……ねぇ、ルアト。私もみんなと朝食をとるってモニカに伝えてきてくれるかしら。皆と話して早く仲良くなりたいって。お願いできる」
「はい」
 立ち上がったルアトが、少しだけ表情を緩めたのを見て、ユーファは穏やかな笑みを浮かべた。
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