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【Cry*6】7-3、頬をぬらす夕露

2018.07.05 00:00|【Cry*6小説】第7章


7-3、頬をぬらす夕露

 昼下がりのアウローラ国首都も、他の国の町と変わらず、商いに精を出す者、買い物を楽しむ者で賑わっていた。その楽し気な雑踏の中を、フローラは颯爽と歩く。
「ふ、フローラ様ぁ……待ってください~……」
「もぉ。キルシったら遅い! 早く早くぅ」
 振り返ったフローラが手招きをした。キルシが人混みをうまく抜けられず、だいぶ離れた場所に取り残されている。
 魔力の気配でフローラだと気付いた民は頭を下げ、慌てて道を開けようとした。
「フローラ様! 御機嫌麗しゅう」
 フローラは慌てて両手を振って皆を落ち着かせる。
「やめてやめて、私は買い物に来ただけなの。だから気にしないで、そんなに頭を下げないで。ほら、皆、畏まらずに愉しんで、愉しんで」
 そのまま手を振って、フローラが微笑んで通り過ぎる。戦から戻った者も多く、賑わう町の雰囲気を壊したくなかった。アニタのことは気がかりだが、自分に暗い顔は似合わない。普段と変わらない笑顔を浮かべて町を闊歩する。
「よし……と」
 しばらく歩いた後、一軒の店の前でフローラは立ち止まった。険しい表情を浮かべ、腰に手を当てて佇む。
「あ、あの、フローラ様、今日は何をお探しで?」
 ようやくキルシが追いつく。フローラの横で膝に手をついて荒く息をするキルシの肩に、フードが重たくのしかかっていた。フローラがキルシの両肩を掴んだ。
「フローラ様?」
 嫌な予感にキルシが体を強張らせる。フローラは何かを企んでいる時に浮かべる妖艶な微笑を浮かべていた。微笑むフローラの後方、店の看板が視界の端に入り込み、キルシの顔が青ざめた。逃げようとするが、肩に置かれた手には力がこもり、動けなかった。
「あなたのドレス。絶対作るのよ。今日は絶対、絶対なんだから」
 いつも飾りのない質素な服ばかりを着るキルシに、フローラはドレスを作らせようとした。城では魔術を使い、全力で逃げられてしまった。
「それは……え……、いやです……あ、あの! 待ってくだ……あっ!」
 他人に迷惑をかけるのを嫌うキルシの性格なら、一般人の出入りする店なら魔術を使うまいと考え、大体の寸法で仕立ててもらったドレスの丈を詰めてもらうのだ。逃げようとしたキルシを抱きかかえ、鼻歌をうたいながら、フローラは仕立て屋のドアを開ける。

 カレヴィは一人、山に籠っていた。静寂が漂う山の頂付近の岩場で足を組み、目を閉じて瞑想をする。
 瞑想で魔力を高め、魔術を編み出せるとカレヴィは考えている。最善の方法は知らず、魔力は心で使うとエーリスや養父から聞き、彼なりに考えて編み出した手段だった。皆が使える術はともかく、精霊の化身と言われる人間たちの魔術は、教わるものではなく、心から生み出される。
 戦いを思い描き、魔力の使い方を練り、術として形を作る。実際、このやり方で多くの魔術を使えるようになった。人気のない山奥で魔術を使い、実戦に備えることもある。
 ファルセーダになった時には、好戦的になり、喜怒哀楽の哀だけが失われた。そして今の様になってしまったのは養父に呪われた時。
 呪われてからは感情の起伏が乏しくなり、心を無にするのが苦ではなくなった.。最近は心が波打つように乱れた。胸も痛み、時折、アニタの泣き顔を思い出した。そして、闇の魔力の存在が心の平穏を蝕む。
(闇……が何故今頃? 俺に因縁があるのだろうか。どうして……俺は気になるのだろう)
 カレヴィは考える。闇の魔力は強いのか、戦いを挑みたい。出来るなら、殺したい。
 時折、アニタの泣き顔を思い出され、息が止まるほどに痛みが走った。考えるなとアニタは言う。彼女は何が怖いのだろうか。
 クレプスクロム王国に赴くには、まだ時期ではないのだろうか。カレヴィの単独行動は、アウローラ国の役人たちの間でも問題になっていた。カレヴィが役人を殺めたことが原因で、エーリスが苦労したことも多々ある。
 空を見上げていると、白い小さな鳥が飛んできて、カレヴィの肩にちょこんと止まった。小鳥の足首には手紙が結ばれている。小さな白い鳥は鳩に似ていたが、囀ることもなく静かに静止していた。――エーリスが魔術で作り上げた幻の鳥だった。
 カレヴィの魔力の痕跡を追う鳥。エーリスはたまにこの方法で、姿をくらましたカレヴィに連絡をよこした。そうでもしないとカレヴィはアウローラ国に戻らない。鳥の足に結ばれた手紙を外すと、鳥は霧の様に消えてしまった。
(話がある、戻るように……か)
 エーリスは久しくこの鳥を送ってこなかった。彼に何かあったのだろうか。
 手紙も読み終わるとカレヴィの手の上で霧になって消えた。自分の手を見つめ、カレヴィは考え込む。胸は相変わらず痛いが、何も考えずにいることは出来なかった。
(――仕方ない、戻るか)
 横に置いていた剣を手にし、カレヴィは立ち上がった。瞼を閉じ、アウローラ国の宮殿へと魔術で移動する。

 宮殿に戻ると、人々は深刻な表情を浮かべてカレヴィを見た。いつもは恐れて、顔を背けるというのに。
(何かあったのか? エーリスか、クレプスクロム王国が攻めて来たのか?)
「カレヴィさま!」
 宮殿へと続く石畳の道を歩いていると、年若い娘に声を掛けられた。いつもなら立ち止まらないカレヴィが歩みを止め、しっかりと相手の顔を見る。
 カレヴィも顔を何度か見たことがある――アニタの配下の、魔術師の女性だった。
 アニタの言動が誤解を招き、男性との間に問題が多かったので、アニタの部下は女性だけになる。それでもアニタはあまり訓練はしないし、戦いに赴くことも少なかった。部屋に籠りがちのアニタに代わり、フローラが訓練をし、面倒を見ていた。アニタは時折エーリスと共に、魔法円と魔術の研究と開発をしている。
「……どうした?」
 部下の魔術師を凝視すると、呼び止めたはいいが、どうしていいのか解らない様子で、暫く視線をさ迷わせる。体が震えていた。
「あの……あの……」
 そこで彼女はふと俯いた。カレヴィが首を傾げていると、彼女は顔を上げた。目には涙を浮かべていた。
「あ、アニタ様がとてもお辛そうなんです」
「アニタが?」
 それでどうしてお前が泣く? という問いが出かかったが、堪えた。
「カレヴィ様。どうかアニタ様のお傍に付いていてあげてください……」
 恐怖に震えながらも、アニタを心配する魔術師は深く礼をした。

「カレヴィ! ちょっとあんた、どこ行ってたのよぉ?」
 廊下を歩くカレヴィをフローラが見つけて駆けつけた。後ろからキルシが涙目で追いかける。
「魔力を高めようと、そこらの山に籠っていただけだが……」
 他人には無関心のカレヴィも、キルシの服装が気になったようで、睨むように見ていた。
「……新しい侍女か?」
 カレヴィの問いにきょとんとしたフローラが、にやにやしながらキルシの腕を引っ張り、見せびらかすように前に押し出した。
「違う違う、キルシよ。可愛いでしょぉ? 前より可愛いでしょ」
「……」
 キルシは店で無理矢理着せられたドレスを纏っている。色はフローラが好む若草色。上半身細身に仕立てられ、パニエが入り、腰から裾へのラインはゆったりと広がっている。化粧はさせてくれなかったが、髪にはリボンをあしらうことができた。その姿を見て、カレヴィは眉を顰め、無言になった。その様子にキルシは泣きだしそうになる。
「ほらぁ私には似合ってないんですよぉ……フローラ様……」
「カレヴィが人を褒める訳ないじゃない。それよりも!」
 キルシを慰めつつ、フローラはカレヴィの腕をつかんだ。
「あんたこれからどこか行くの?」
 低い声で問い掛けるフローラの目は真剣だった。
「エーリスに呼ばれている」
「……その前に、アニタに逢いに行ってほしい」
「アニタに?」
 フローラの眼差しと、先程の部下の魔術師の切実な眼差しが重なった。
「不安そうで、苦しそうなの。胸? かな? 何処かが痛むみたいで、とても辛そうなのよ。あんたの光の魔力が足りていないの?」
「魔力は送っている……」
 そう、と目を細めながらフローラは腕を組んだ。魔力が強い人間は、ほとんど体調不良を起こさなかった。
「ということは精神的なものかな。痛いなんて、普通じゃないわ。あんたの呪いのことと、闇の魔力に怯えてるみたい。闇の小娘なんてほっとけばいいのよ。――ねぇ、その。あんたは、胸はまだ痛むの?」
「……たまにな」
 頻繁にとは言わなかった。慣れたのか、痛みをやり過ごすことが出来るようになっていた。
「辛かったらさぁ、無理しないでちゃんと私にも話してよ? 一応ダチなんだからねぇ!」
 フローラがカレヴィの腕をはたいて通り過ぎた。その後をキルシが追う。キルシの泣き言が聞こえなくなるまで、はたかれた腕を見つめていた。

「アニタ、調子はどうだ?」
 ドアをノックすることもせず、カレヴィはアニタの部屋へと入った。
 床に落ちた包帯を拾おうと腰をかがめる。指が届きそうなところで、カレヴィははっと息を呑み、視線を上げてアニタの姿を捜した。アニタは裸足のままテラスに佇んでいる。薄いガウンを纏い、風に吹かれ、空を眺めて震えていた。
「アニタ、そんな格好でどうした? 寒いのか?」
 穏やかに流れてくる微風は爽やかで、決して冷たくはない。カレヴィは平静を装い、アニタの背後に立ってそっと肩に手を載せる。入浴後なのか、髪が濡れていた。振り向いたアニタは、夕陽に紅く染められていてもなお、顔色が悪かった。
「カレヴィ……戻ったのね」
「ああ……」
 儚い微笑みを浮かべるアニタ。その力ない顔を見ているのが不安になり、赤く染まった空に視線を移す。
「夕闇か……」
 夕陽を見つめ険しい表情を浮かべるのを見て、アニタが振り向いてカレヴィに抱きついた。
「考えちゃダメ、闇の魔力のことは考えないで……」
「アニタ?」
 アニタは腰に結んでいた紐をほどき始める。ガウンがはだけて白磁の肌が露わになる。
 カレヴィは困惑し、何と声を掛けるべきかと思案する。いつもの彼女なら、このような場所で服を脱ぐなど、絶対にしない。
「アニタ、どうしたんだ? こんなところで――」
「何処でもいい! ……ここでいいの。お願い、私だけを見て。今すぐ抱いて。闇の魔力のことじゃなくて、私の……私のことを考えて?」
 泣きながら両手をカレヴィに伸ばしてくる。尋常ならざる様子のアニタを、カレヴィは無言で強く抱きすくめた。
 怪我をしたのか手には包帯を巻き、震える体は冷えていた。泣くのを必死に堪える、途切れ途切れの嗚咽が頭に響く。
 落ち着かず、カレヴィの胸の奥が痺れる感覚があった。アニタの炎が弱まるような不安――久しぶりの感覚。それを忘れようと、ガウンをはぎ取り、彼女の呼吸を奪うように荒く唇を奪う。

 服が散乱する床の上で、アニタは荒い息のまま、相変わらず泣いていた。カレヴィは覆いかぶさったままアニタに口付をした。
「何か、あったのか?」
「こわいだけなの……」
 それだけを呟いて、カレヴィの首筋に抱きついた。カレヴィはアニタの震える体を抱きしめたまま、体を起こす。
 陽が傾く夕刻。白い街並みが朱に染まっている。宮殿から見える景色は美しい。カレヴィはそっと視線を上げ、紅い夕陽に目を細める。
(――そんなに怖いのか? 闇の何を、怖がっている?)
 アニタのか細い声が耳に届いた。
「あの場所に行きたい。あそこにいきたい」
「……」
 カレヴィは返答に困り、無言になる。エーリスにも呼ばれていた。あまり彼を困らせたくはなかった。
「……カレヴィと、二人になりたいの……」
 くぐもった声が、カレヴィの胸に響いた。

 結局、カレヴィはアニタを魔術で外に連れ出した。草むらが広がる質素な小屋がある、二人が出会った後に過ごした場所。時折、二人で抜け出してここで過ごした。幼かった二人がたくさん浮かべた笑顔と笑い声は、ここにはもうない。
 外出着に着替えたアニタは自分で立ち、辺りを見回した。
「結界が張ってあるのね? あの時のままね……」
「ああ、動物以外は入ってこないだろうな。誰も俺たちには気付かない」
 人間だけが入らない場所。笑顔を浮かべていたアニタが、突然眉を顰める。
「でも、綺麗になっているわ。――誰か来たの? カレヴィがお掃除した?」
「俺はやっていない」
「……誰が、誰が掃除したの?」
 想い出の場所に入られた不安で、アニタが泣きそうになりながら、真剣な眼差しでカレヴィの顔を見つめる。少しだけ戸惑う様子のカレヴィ。
 嘘を吐けず、カレヴィは渋々答えることになる。
「……フローラの部下の、あいつが気に入ってる娘だ。掃除をさせたいと言ってきて、良い場所はないかと言うから……気に、障ったか?」
 喧嘩仲間と豪語しているが、フローラは積極的にカレヴィに話しかけて交流を持っていた。あえてカレヴィに頼んだのだろう。
 麦わら帽子、シャツにサロペット姿のキルシは、フローラに抱えられてやって来た。掃除用具を背負い、泣きながらフローラに抗議していた。
(わ、私はフローラ様の着せ替え人形じゃないんですよぉ……!)
 不機嫌な様子のアニタにカレヴィが困惑していた。その様子を見て、アニタは笑顔になった。
「キルシちゃんならいい。今、フローラが花嫁修業をさせて頑張ってるみたいだから」
 掃除洗濯、裁縫、勉強……アニタのところにも裁縫と行儀作法を習いにきている。
 ――私はもうこれだけやらかしてるし、人並みの幸せは望めないから、あの子だけでも幸せになってほしいの――。
 フローラだけではなく、自分にも人並みの幸せは手に入れることは出来ないだろう。アニタは淋しく微笑んだ。

「小屋の中も綺麗……キルシちゃんがやったの? 一人で?」
 辺りを見回しながらアニタが感嘆の溜め息を吐く。どこまでも真面目に命令を遂行する子だった。小さな暖炉の横には薪まで用意されていた。
「人が住むかもしれないと話したら、井戸が欲しいとか、断熱がどうとか騒いでいたな……」

 粗末な暖炉の前に、薄いクッションを床に置き、二人は寄り添うように座っていた。アニタは薪の爆ぜる音を聞きながら、カレヴィの胸にもたれ掛っていた。涼しい夜風は傍に居る口実になる。
「痛みはどう?」
「だいぶ、落ち着いてきたような気がする……」
「ならよかった」
 アニタがそっとカレヴィに顔を寄せる。薄いシャツを通して彼の体温が伝わってくる。その温かさに安堵し、アニタはうっすらと涙を浮かべる。
「呪いを解ければよかったけれど、無理だったわ。あれから、何も出来ないままね」
「アニタのお陰で、俺は生きていられるんだ。俺の失敗だ」
「私が父様に――」
「その話はしなくていい。それにあいつを父親だなんて思わなくていい」
 カレヴィの落ち着いた叱責に、無言でアニタが頷いた。沈黙が流れ、薪の燃える音だけが響く。
「――アニタになにかを渡したことはあったか」
 アニタはカレヴィを見上げる。
「魔力のこと?」
「違うんだ。もっと面倒な、何か。たまに夢を見た。……最近はよく見る。誰かがこっちによこせと俺に言っているんだ。それが誰だかも解らない。ただ、俺はそれを渡そうとしていた。俺は何を、誰に渡したんだろう」
「祝福のせいで記憶が混乱しているの?」
「それもあるかもしれないな。俺が誰かに渡すとも思えない」
「私はいっぱいもらってるわ」
「魔力のことか?」
 カレヴィがアニタの顔を見下ろす。目を閉じ、アニタは微笑んでいる。
「居場所、生きる目的、たくさんの幸せ――」
「呪いのせいだが、アニタの願うことを半分もできない」
 アニタはカレヴィに抱きついた。
「今のままでもいいの。カレヴィが生きて、傍にいてくれればそれだけで充分なの」
「本当に変な奴だな、アニタは」
 その懐かしい言葉を聞いて、アニタが嬉しそうにカレヴィの首筋に手を絡ませて、唇を重ねる。
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