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【Cry*6】7-2、白い子たちの世界

2018.06.21 00:00|【Cry*6小説】第7章


7-2、白い子たちの世界

「フローラから話は聞いているけれど。――アニタ、闇の魔力を持つ女の子はどんな子だったんだい?」
 書斎の机に両肘を付きながら、穏やかな口調でエーリスはアニタに問う。
 エーリスの書斎で、アニタとエーリス、フローラの三人は話し合いを持っていた。エーリスの視線の先のアニタは、自分の膝に視線を落とし座っており、アニタの傍にフローラが佇んでいる。
「湖の神殿で会った時は、闇の魔力を使ったわ。そして、炎を消すために、水の魔術を使って、降雨の水の呪いを解いたの」
「その時に水晶も割れたんだね。水も使っていたというけれど、ファルセーダということではない?」
「ええ、あの子は杖を持っていたわ。杖に込められた魔力を開放していたの。でも……あんなに強い水の魔力に負けないなんて……怖ろしいわ」
 青ざめて震えるアニタに、腕を組んだフローラは、不機嫌そうに目を細めた。
「でも、その女は闇の魔力でしょう? 水くらいどうにかなるんじゃないの?」
 その横でアニタは小さく頷き、哀しそうな眼差しを窓の外に向けた。二人の様子に、エーリスは小さな溜め息を吐く。
「アニタ、そんなに怖がらなくても大丈夫よ。私たちもいるし、……カレヴィがいるじゃない」
 不機嫌ながらも、フローラはアニタを心配し、優しい声音で話しかける。
「そうだけれど、そうなのだけれど……怖いの。何もかも奪っていきそうな、深くて昏い、底無しの魔力を持っているみたいで。しかも前例のない女の子でしょう? 何か深い意味がありそうで、気になるの」
「それはカレヴィを惑わすとか?」
「そうならいいの。もっと違う何か……」
 精神的に不安定なのか、アニタの顔色が悪い。エーリスは優しい笑みを浮かべ、アニタを見た。
「アニタ、もういいよ。ありがとう」
 アニタは申し訳なさそうに、泣きそうな顔のままエーリスを見つめて微笑んだ。
「そっちも問題だけれども、カレヴィが勝手していることが一番の問題ね」
 カレヴィは姿をくらましている。ふらりと宮殿に戻り、アニタの元に滞在するが、自由気ままに去っていく。アニタはカレヴィを引き留めることはしなかった。
 幼いときから自分と互角か、自分より強い人間に戦いを挑んでいた。カレヴィより強い人間はこの国にはいないかもしれない。エーリス、フローラが互角だろうか。あとはクレプスクロム王国……。闇……。そこまで考えて、アニタの心は重くなる。
「議会ではカレヴィを国王にしたいと言っているんだ。――夜明けの国としては、私よりも光の司の化身が上に立つ方が、国民も従うと話している」
「カレヴィじゃ無理でしょ」
「国王はエーリス兄様がいいと思うわ。人望も厚いし。カレヴィでは……」
 アニタが言い淀む。カレヴィは人の上に立つような心は持っていない。自分以外の利益を見極め、駆け引きが出来るような人間ではない。今でも命令を無視し、強い魔力を求めて、戦い、自分勝手に殺めたい人間を殺めることだけを求めている。
 苦い顔のまま、エーリスは頷いた。
「そうだね。しかし、奴らはカレヴィの態度が面白くない。王になるべき人を殺めたこと、方針に逆らうこと。謝罪がないこと。全てが気に入らないんだ。奴らはカレヴィが欲しいのではなく、ファルセーダのなれの果て……心が壊れた人形が欲しいんだ」
「そんなこと――」
 フローラが顔をしかめ、言葉を失う。その横で、アニタは涼しい表情を浮かべる。
「カレヴィの償いは私がするわ。私があの人たちのところに行けばいいのでしょう?」
「それだけは駄目だ! 何があってもそれはさせない!」
「そうよ! アニタ一人を行かせるわけにはいかないわ」
 咎める声は悲鳴だった。エーリスとフローラの真剣な眼差しに、アニタは投げやりな発言を後悔した。彼らは自分のことを本気で心配してくれている。心の奥が熱くなり、感謝と後悔で溢れる涙が止まらなかった。泣きじゃくるアニタをフローラは優しく抱きしめた。


「キルシったらエーリス様に呼び出しなの?」
「うっわー、お前へまったんだな。何したん何、なに?」
 アウローラ国の宮殿内、緊張した面持ちのキルシの周りを、友人のパウラとサムエルが纏わりつく。
 白いフードを羽織っているキルシとは違い、同い年の娘のパウラはフローラに影響を受けたような、膝下丈のドレスを纏い、キルシの一つ上の少年のサムエルはエーリスの真似をし、サークレットをして、チュニックに太めの帯を結んでいた。魔術と武術の稽古はしているが、フローラ付きのキルシとは違い、二人はまだファルセーダになっていない。
(ミニサイズのエーリス様とフローラ様だ……)
 小さいのは「心の器」だとキルシは心の中でぼやく。
「私は何もしていない……と思う……んだ」
「本当に? フローラ様怒らせたんじゃね?」
「サムエルぅ。フローラ様が怒ったら、キルシはもうここにないないよぉ」
「そうだよなぁ。まぁ、何かをドジったんだな。ご愁傷さま~」
「……」
 魔術師の同期で仲の良い二人に好き勝手に言われ、キルシはさらに項垂れ、背を丸くした。
 重い足取りで、キルシは宮殿の最上階のエーリスの部屋へと向かった。エーリスに呼ばれるのはキルシも初めてだ。呼び出されるということは、何かとんでもない失態を犯したのだろうか。
(何をしてしまったのだろう……エーリス様が怒る姿なんて想像できない。怒られるのだろうか……ああ、どうしよう。胃が痛い)
 アウローラ国の中枢は、役人たちの生活する棟と、四天王や魔術師がいる棟と大きな二つの宮殿で形成されていた。他にも魔術師が勉強するための棟、研究施設もある。
 魔術師の住む宮殿の最上階には四天王がいる。カレヴィだけは特定の部屋を持っていない。この宮殿にいる時間が少ないため必要ないとのカレヴィ自らの判断らしい。魔術師たちは宮殿に住まう者、自宅から通う者と、比較的自由が許される生活をしている。四天王はフローラ以外、特定の従者を付けていなかった。
 昏い気持ちで階段を昇り続け、いくつかの結界を抜けてエーリスの部屋へと入る。
「エーリス様、私に一体……私は、何かしてしまったのでしょうか?」
 がちがちに緊張したキルシが部屋に入ると、テーブルで本を読んでいたエーリスが顔を上げて微笑んだ。
「突然呼び出してごめんね。フローラから話は聞いてるかい。君に勉強を教えてほしいと言われているんだ」
「え? べん、きょ……? わ、わたくしの為に、そんな、申し訳ございません!」
 恐縮したキルシが深々と頭を下げる。
 エーリスの書斎は広く、壁いっぱいに棚が設えており、本が並んでいた。辺りをきょろきょろ見回しながら、緊張しながらも興奮するキルシを見て、エーリスは自然と笑みを浮かべていた。
 ――ねぇ、エーリス。あいつのことは憎いけれど、私たちに勉強させてくれたことは本当に感謝してるの。キルシにもね、ちゃんとした教育を受けさせたい――。
 フローラはキルシにも魔術以外の教育を受けさせたいと話していた。現在のアウローラ国の首都にも幾つも学校はあるが、魔術の習得にばかり力を入れている。――しかし、それを決めた役人たちは、強い魔力を持ってはいない。

 キルシはそっと、勉強を教えるエーリスの横顔を盗み見る。端正な顔立ち、藤色の瞳は愁いを帯び、口元には優しさが浮かんでいる。声を荒げることもなく、穏やかで優しい性格。アウローラ国の女性たちが恋い焦がれる存在だ。しかし、傍にフローラがいるので皆が大っぴらにエーリスに近付けない。フローラはエーリスの妹だが、皆がフローラを恋敵として認識している。
(フローラ様とエーリス様ならお似合いなのに……)
 二人は血が繋がっていないとフローラが話していたこともあった。それでも、フローラはエーリスの恋人にはならないし、なれないと言っていた。
(エーリス様といるときのフローラ様は、とても優しい眼差しをしているのに……)
 いつも笑顔のフローラだが、エーリスに向ける笑みには、大人の色香が漂う艶めかしさと甘えるような小悪魔的な可愛らしさが含まれていた。フローラの微笑みを思い浮かべて頬を染めていると、エーリスが優しい眼差しでキルシを見つめていた。キルシははっと我に返り、赤面して視線を逸らす。
「フローラに振り回されて大変だろう?」
 顔を赤くしながらも慌てて姿勢を正し、キルシは真剣に言った。
「いえ、私にとってフローラ様は憧れですっ!」
 エーリスは破顔する。フローラが好きなタイプだ。真面目で、正直で、とても不器用だ。
 キルシは吸収も早かった。暫く勉強を教えたエーリスは、本を置いて、そっと目を閉じた。休憩の時間だろうかと、キルシがエーリスを見つめていると、エーリスは真剣な眼差しでキルシを見た。
「実はね、キルシに一つ頼みたいことが在るんだ」
「頼みたいこと、ですか?」
 キルシの問いに、エーリスは静かに頷いた。
「そう……お願いしたいことがある。大したことではないんだけれどね」


 アニタを助けてから、カレヴィはずっと彼女を連れて歩いていた。
 幼い頃からカレヴィは独りで旅をするのを好んだ。フローラやエーリスに会ってからも、時折一人で姿をくらました。今まで一匹狼を貫いていたカレヴィにとって、アニタは初めての存在だった。多くの人を殺めた自分を恐れないで傍に居たがる。そして泣く。笑っては泣き、怒っては泣く。面白い奴だと思った。
 アニタは所かまわずカレヴィにしがみついていた。
「どうしてそんなに泣くんだよ? 俺が嫌かぁ?」
 抱きかかえたアニタの顔をカレヴィは不機嫌そうに見つめる。涙を溢しながら、アニタは頭を振った。
「あなたのことが大好き……大好きすぎて涙が出るの」
 大好きという言葉が胸にくすぐったい。
 面と向かってそんな言葉を自分に発する娘をしげしげと見つめた。彼女はあの町にいた時は、感情を抑えて泣いたことがなかったらしい。無茶で面倒なことをしていたものだと、カレヴィがぼやきたくなる。
(そんなことをしてるから、こんなに泣いたままになってるんだろうが)
 小さくて、細くて、柔くて、妙に気になる存在。癖のある栗色の髪。彼女のもつ儚げな雰囲気とは違う、燃える炎のような紅い瞳は、輝きを湛えたまま自分を嬉しそうに見つめていた。
 どうしてこの娘を連れて歩いているのか、彼自身も解らない。休憩するとき、野宿するとき、気まぐれでアニタの体を引き寄せた。首筋に顔を寄せると、甘い匂いがした。華奢で柔らかいアニタはいつでもカレヴィに腕を伸ばし、抱きしめる。彼女はカレヴィの胸の奥をチリチリとざわつかせた。
 アニタが涙を拭う様子を見て、カレヴィが溜め息を吐いた。
「私、とっても面倒くさい?」
 溜め息にアニタが青ざめる。彼は自分を煩わしく思い、そのうち捨てるのではないかと、アニタは不安になる。しかし、心配を他所に、カレヴィは楽しそうに言った。
「ああ、面倒くさい。でも面白いし、嫌じゃない」

「あのさ、お前、俺が怖くないのか? 結構な人殺しだぞ?」
 共に旅するようになってからも、カレヴィは人を殺めることがあった。その姿も度々見ていた。
 アニタが道で歩く練習をしていた時、よろけるアニタの姿を見て、嗤った人間がいた。近くに住む里人だったのだろうが、癪に障ったカレヴィは有無を言わさずに切り殺したが、アニタは泣きながらカレヴィの胸元にしがみついて怒った。嗤われて気分を害したはずなのに、アニタは殺めた人間を悼み、泣きながらもカレヴィを責めた。
 それからアニタは歩かなくなり、カレヴィが背負ったり抱きかかえていた。
「怖くないわ。優しいもの」
 アニタを運ぶカレヴィは、重いとも疲れたとも言わなかった。歩きたくないというアニタの意見を尊重してくれている。
「俺のどこが優しいんだよぉ?」
 愚痴るカレヴィの顔を見つめ、アニタは何も言わず微笑した。カレヴィは困惑し、落ち着かなくなった。
「――あなたにとって、怖いものはないの?」
「俺の怖いものか? あれば、闇の魔力か……。見つけたらそいつをぶっ殺すさ」
「あなたの敵なんでしょう? もしその人に会ったら、戦うの?」
「そうだ。息の根を止めてやるさ」
「カレヴィが……闇に飲み込まれたりしない?」
「そんなことねぇよ」
 空を見上げながら強気な発言をするカレヴィの横顔を、アニタは眩しそうに見つめている。
「私が傍にいて助けてあげる」
「助けるって……俺の邪魔するのか?」
 眉を寄せて怒るカレヴィを、アニタは真剣な眼差しで見つめた。
「ちがう、あなたの為に生きるから。あなたのことしか考えないから。傍にいさせて欲しいの」
 カレヴィは目を瞬かせ、首を傾げながら笑った。
「本当に変な奴だな、アニタは」


 フローラはアニタの部屋を訪れ、アニタと共に刺繍をしていた。
 アニタは気怠そうに、ベッドに腰掛けたまま針を持っている。柔らかい素材のドレスを纏い、ゆるく髪を結っていた。彼女にしては珍しく、袖の長い上着を羽織っている。
 フローラは手を休め、アニタを見た。
 アニタは美しく儚い。可愛く大切な自慢の妹だった。怒った顔を見たくなり、時折からかうが、呆れ顔も可愛かった。幼い頃にアニタが幽閉され、乱暴されていたという話を聞いたときは、怒りで城を壊してしまいそうだった。恐ろしく忌まわしい存在だから、と言うアニタを叱り、元気付けようとしたら自分がぼろぼろと泣いてしまった。
 結局自分より幼いアニタに慰められた。フローラの耳元で「ありがとう」と呟いたあの声をフローラは忘れていない。
 アニタは強い。自分よりも。
 フローラは目を細め、うっとりして彼女の手元を見つめる。幽閉されていたときに覚えた針仕事。そして嫌われないようにと、行儀作法を重んじ、人の心に寄り添うことを心掛けている。それは今も変わらずだった。
「アニタって本当に器用ね。キルシはどう?」
 顔を上げたアニタはふっくらと微笑んだ。
「まだちょっとぎこちないけれど、キルシちゃんは器用だから、すぐ上手くなるわ……そのうち刺繍だけじゃなく、っ……いた……」
 指に針でも刺さったのかと思ったら、アニタは眉間にしわを寄せ、胸を押さえている。
「大丈夫? アニタ……どこか体調が悪いの?」
「ちょっと胸が……体が、痛いだけ……」
「痛い?! 体調不良だったら大変……エーリスを呼んでくる!」
 フローラが立ち上がる。部屋を飛び出す勢いのフローラの腕を取って、アニタは必死でフローラをその場に留める。
「待って、エーリス兄さんは今、大変だから。私は休めば大丈夫だから、心配しないで。それより、キルシちゃんと出掛けるんでしょう? 早く行って来て。私も楽しみにしているんだから」
「アニタ……」
「もしもカレヴィが帰ってきたら、私のところへ来てほしいって、伝えてほしいの。それだけで大丈夫よ。だから」
 額には玉のような汗が浮かび、呼吸は浅く早い。フローラの腕を掴むアニタの手は冷えていた。見るからに大丈夫ではなかったが、アニタは言い出したら聞かない。フローラは眉を寄せ、震える唇の端を釣り上げて無理矢理笑みを作った。
「解った。じゃあ、ちょっと行ってくるわ」


 アニタが初めてフローラと会ったのは、このアウローラ国の宮殿の庭だった。「引っ越し中」で、フローラたちの部下にあたる大人たちは荷を運び、宮殿内を整えていた。賑わいの中、ふらりと埃まみれのカレヴィが現れた。大人たちは、カレヴィを見ると、慌てて距離を取った。
「あんたまたどこ行ってたのよ?」
 皆が遠巻きに見ている中をのんびりと歩くカレヴィ。その行く先に、フローラは仁王立ちで待っていた。
 フローラは今と同じ紅紫色の髪を一つに結っていた。瞳は紫か青色だった。
「知らねーよ。お前には関係ないだろうが」
 負けじとカレヴィも悪態をつく。売り言葉に買い言葉。お互い、今よりも幼く、高慢で無鉄砲だった。荷を運びこんでいた大人たちは、いつもの二人のやり取りに慌てて逃げていく。
「関係ないけどあるわよ。またあんた父さんから逃げ出して……ってその子は?」
 そこでフローラが目を瞬かせる。カレヴィが少女を背負っていることに気付いたのだ。カレヴィはちょっとだけ顔を動かした。
「拾った。アニタっていうんだ」
 カレヴィがアニタを下ろす。アニタは震えながらカレヴィに掴まっていたが、その様子を気にせずにフローラが目を輝かせて駆け寄った。
 アウローラ国首都に入ってから、鮮やかな髪色の人々を見て、心底吃驚していたアニタ。目の前の少女の髪の色だけではなく、とても可愛らしい服装をしており、その腰には服装に似合わない剣を装備していたことにも驚いた。
 フローラが飛びつく勢いでアニタの傍に来た時、アニタは固まってしまった。
「きゃわいい……ちっちゃくてお人形さんみたい……って、拾ったってどういうことよあんた! あぁ?」
 怯えるアニタの顔を見つめた後、横に立つカレヴィを睨みながらすごむ。カレヴィの横のアニタが顔を引きつらせている。
「死にそうだったとこを助けたんだよ! 文句あっか?」
「あんたが殺そうとしたんじゃないわよね」
 フローラが剣の柄に手を添えるのと同時に、カレヴィも剣の柄を握る。
「俺が行く前に殺されそうだったんだよ! この馬鹿女!」
「馬鹿とは何よ! この自惚れ男が!」
 睨み合う二人の横で、どうしていいのかとアニタが震えていた。
「――カレヴィ、フローラ。お嬢さんが怯えているよ」
 涼しげな声が三人の耳に届く。アニタが体を強張らせて振り返ると、優しい笑顔を浮かべた青年が立っていた。
 金髪が陽光に煌めいていた。深い青色の目が細められると、二人は慌てて剣を納めた。フローラはその青年に抱きついた。
「エーリス! カレヴィが女の子さらってきたんだよ! 人さらいだよ!」
「さらってねーよ!」
 三人を見回して、エーリスと呼ばれた青年はカレヴィを見た。
「カレヴィ、この子はどうしたんだい? 紹介して欲しい。そして、私たちの紹介をしてくれるかい」
 エーリスに微笑まれて、カレヴィが後退りする。平静を装いつつ、アニタをちらりと見る。
「こいつはアニタ。俺が拾ってきた。そしてこいつらは俺の家族……ではないな、仲間だ。あいつはフローラ。結構馬鹿だ。そっちはエーリス。真面目で怖い。馬鹿で怖いが、お前をいじめたりはしないから安心していいぞ」
 カレヴィの言葉を聞きながら、アニタが俯いていると、フローラがアニタの傍に駆け寄った。
「ちょっと、アニタちゃんすごく汚れてる。お風呂入って綺麗にしましょうよ。お洋服も可愛いのを着ましょうよ! これ着せたのカレヴィ? だっさい服着せちゃって。カレヴィったら、どうしてこんな服着せてるのよぉ」
「着れりゃなんでもいいだろ?」
 フローラがカレヴィの頭をはたく。その様子を見てアニタは青ざめた。
「んなわけあるか、ボケ! アニタちゃん大丈夫? 一緒にお風呂に入って綺麗になりましょ? 体を流してあげる、あげるったらあげるわ」
 目を輝かせて、フローラはアニタを抱きしめる。アニタの返事を聞くことなく、フローラはカレヴィからアニタを奪っていった。

 大きな屋敷……宮殿は広かった。
 アニタが歩こうとしないので、フローラはアニタを背負って歩く。フローラは足を止め、首を傾げ、何度か同じ場所を歩いていた。
「大きなお屋敷。お金持ちなの?」
「ここはお城よぉ。私たちのものにしたばかりだからね、まだ道に迷っちゃうのよ」
 舌を出して誤魔化すように笑うフローラ。「私たちのものにしたばかり」という言葉が引っかかったが、常識も非常識も知らないアニタの頭では、深く考えることができなかった。時折すれ違う大人たちは、フローラに深く頭を下げた。
 フローラは表裏が無く、男勝りでさばさばしている印象を受ける。だが、彼女の笑顔の裏にある感情が読み取れず、アニタは自分を背負うこの少女が怖かった。
「あ、あの……。お風呂……他の人もいるの?」
「いないいない。あなたと私だけ。だから心配しないで?」
 脱衣所も何もかもが広かった。いつも体を拭うことしかさせてもらえなかったアニタとって、初めての湯を張った浴室になる。
 足がすくみ、体を硬直させていると、フローラが服を脱がせたり世話を焼く。アニタは慌ててタオルを体に巻いた。フローラはキャミソールに短パン姿になり、浴室にアニタを連れていき、石鹸を泡立ててアニタの体を洗い始めた。汚れた泡が流れる様子を見て、アニタは恥ずかしくなった。普通の生活をしていたら、入浴は当たり前で、綺麗な服を着ているものなのだ。惨めな気持ちになり、涙が滲んできた。
「あなったってとっても可愛いわ。あのね、私、妹がずーっと欲しかったの。あなたに妹になってほしいの」
 アニタの様子を気にしていない様子で、フローラは楽しそうに話す。
「私、あなたの親戚でもないし、知り合いでもないわ」
 素っ気ないアニタの言葉に、フローラが目をぱちくりさせる。
「それがどうかしたの? そんなこと関係ないでしょ」
「え……」
「父様とも、エーリスとも、カレヴィとも、皆、血がつながっていないの。でも父様は父様で、エーリスはお兄さんなの。アニタちゃんは妹。でーも、カレヴィは仲間に入れてやんない」
「カレヴィが可哀想……」
「だって、光の司の化身なんだもの! 羨ましくって殺したいくらいだわ」
 フローラの言葉に、アニタは俯いた。
「私は、とても恐ろしいの。炎の魔力でいっぱい火事を起こして怖がられて……ずっと、ずっと狭いところにいて……」
 突如、二人を取り囲むように炎が現れた。フローラが慌ててあたりを見回すが、アニタは俯いて涙を溢していた。
「これは、あなたの力?」
 静かに問うフローラに、アニタは小さく頷いた。
「とても、恐ろしい力なの」
「あいつは、……カレヴィは何て言っていた?」
「その魔力が欲しいって、言ってた」
「じゃあ、あげちゃいなさいよ」
「え?」
 簡単に言うフローラに、アニタがフローラの顔を見た。フローラは涼しい顔をしていた。
「欲しい奴にはたくさんあげちゃえばいいの。あなただって魔力をもらったんでしょう? 瞳がルビーみたいに輝いてるもの。とっても綺麗よ」
 アニタは慌てて鏡を覗く。以前は茶色だったが、自分の瞳はウサギのように赤くなっていた。いつからだろうか? やはり、カレヴィに助けてもらった時からだろう。
「もっとカレヴィにあげて、楽になったらいいのよ」
 フローラが優しい口調で続ける。
「気持ちが落ち着いていけば、魔力は自分で何とでもできる。心が落ち着けば、もっともっと可愛くて素敵なアニタになるわよ」
 言い終えると、フローラは背後からアニタに抱きついた。
「や、止めて……。はず……フローラさんのお洋服が汚れちゃう……近すぎます……!」
 フローラの腕を振りほどこうとするアニタ。しかしフローラはアニタを抱く力を緩めない。
「そんなこと気にしないの。もう何も怖がらないでいいんだから。……って『さん』付けやめて! やめてくれないとこっちもやめないわよぉ」
「や! 恥ずかしい! フローラさん……、フローラさ……フローラ! やめて!」
 そこであっさりとフローラはアニタの体を離した。
 頬を紅潮させるアニタを見つめるフローラは優しい笑みを浮かべている。非現実的な髪色をした娘は慈愛に満ち、アニタの瞳には幻想的に、神々しくすら映った。
「暖かい炎は大好き。一緒に魔術を憶えていこう?」
 燃えていた炎はいつの間にか消えていた。
「そして私にも魔力頂戴ね」
 頬に赤味がさしたままのアニタは、横を向き、ぼそっと呟く。
「唇は……ちょっと嫌」
「え? カレヴィったらキスしたの? そんなことしなくても魔力はあげられるのに! あいつったら、もう!」
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コメント

No title

こんばんは。今回の物語は、アニタさんが愛されているなぁと
特に感じたお話でしたね。泣きじゃくるアニタさんを抱きしめる
フローラさん、お姉さんな優しさを感じました。アニタさんは
フローラさんにとって、可愛く大切な自慢の妹。以前元気付けようとして
泣いてしまったのは、それだけアニタさんが大好きだからですね。
初めて出会った時のきゃわいい、と言うフローラさんもきゃわいいですよ!
そしてエーリスさんは皆を見守る優しいお兄さんですよね。

それからカレヴィさん!アニタさんの…大好きすぎて涙がでるの、怖くないわ。
優しいもの、あなたの為に生きるから。あなたのことしか考えないから。
傍にいさせて欲しいの…カレヴィさんへの愛溢れる言葉の数々。
本当に一途で強い、恋する乙女!最強ですね…!!カレヴィさんの、
面倒くさい。でも面白いし、嫌じゃない…という言葉は
カレヴィさんなりのアニタさんへの特別な愛情を感じました。
ラストはさりげなく爆弾発言?やっぱり魔力といえば唇(笑)
…カレヴィさん、ちっちゃいアニタさんに早速…やりますね(笑)


先日はお忙しい中、結衣様からの贈り物を飾らせて&紹介させて頂いた
記事にコメントありがとでした☆ 訪問遅くなかったですし、大ポカ、
失礼じゃないですよ! 大変な時期に描いてくださり、いつも優しい対応も
ありがとです!ハロウィンイラストからヒロ碧君を描きたくなって頂け
とても大事な二人、と言って頂けた事も嬉しいです♪この二人はショタですよ(笑)
ノリノリすぎな昂や竜を始め、女子力高い5人(笑)とっても可愛くて素敵でしたよね。
私が描いた3人娘ちゃん&使い魔ちゃんたちも可愛くて素敵、使い魔ちゃんたちも
可愛いとお誉め頂けた事も感激です!地震の事も気にかけてくださって
ありがとです☆引き続き気を付けて過ごしますね。

触れるの遅くなってしまいましたが、いつも丁寧なお返事もありがとです!
どの作品もあたたかで素敵、私の描くプリキュア大好きと言って頂けた事
とっても嬉しかったですっ!昔描いた西東もそのうち公開できたらなぁと
思います!リルちゃんは色々迷いながらも一歩ずつ進んでいく姿をこれからも
まったりと見守らせて頂けると幸いです。人付き合いが得意なルアト君、
これからも楽しんで欲しいですね。それと私はすごくムラがありますが…
結衣様の作品は、キャラがたくさんでも、一人一人のキャラを大事にされている、
と感じています。これからも無理のないペースでのご更新を楽しみにしています!
長々と失礼しました。では読んでくださり、ありがとでした☆

風月時雨さん

コメントありがとうございます(*'ω'*)

エーリスとフローラはアウローラ国では特別な存在です。
その中に入ったカレヴィとアニタはまだよそ者の扱いで、さらにカレヴィはいろいろと問題を起こしていて……
それでもフローラはカレヴィに不器用ながらも接したり(ほとんど喧嘩を吹っかけていますが)
きゃわいいアニタを気に入って、大事にしています(*'ω'*)
感情がある頃のカレヴィ(幼)は、アニタのことを気に入ってるようです。
やっぱり魔力は唇ですよね♪口移ししかないと思います(*'ω'*)

フローラとカレヴィの会話を楽しく書いてしまいました。
この章、こんなに文章伸びるはずではなかったのに……反省(-_-;)
リルたちのことを書く時に、また感覚を戻す時間が必要になりそうです(;´∀`)
レイリアのせいで?ルアトとリルの影が薄くなったなぁと反省したり……(*'ω'*)

風月さんの書かれる物語は、物語の進みも、文章量も適度で読みやすいなと思います。
物語の伏線にも記事で触れていたり、挿絵も程よく載せてあって
読む方にも解りやすいように配慮されているところが丁寧で優しさあふれているなぁと思います(*'ω'*)

お誕生日のイラストの件はありがとうございました(*'ω'*)
風月さんとみけねこさんのイラストがとっても素敵な描きあいで
見ていてほっこりと嬉しくなっちゃいます( *´艸`)
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プロフィール

清水結衣

Author:清水結衣
いつもご訪問いただきありがとうございます。

オリジナル中心でお絵かき。たまに版権絵。
そしてぼちぼち文章を。
プロフ画は笹間シムロさんに描いていただきました
ありがとうございます(*´ω`*)

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