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【Cry*6】7-4、マゼンタ色の少女

2018.07.21 00:00|【Cry*6小説】第7章


7-4、紅紫色の少女

 アウローラ国の宮殿に戻ったカレヴィは、泣いて縋りつくアニタをどうにか部屋に落ち着かせる。アニタの涙にぬれた寝顔を暫し見つめた後、ようやくエーリスの書斎へと向かった。エーリスに呼ばれてから、すでに数日が経過していた。
 都にはすでに夜の帳が降り、魔術のランプを灯し書斎で書類に目を通していたエーリス。静かに部屋に入ってくるカレヴィを見て、こみあげる怒りを抑えるように、額に手を当てて目を閉じる。
「カレヴィ……どこに行っていたんだ? 連絡してから何日経っていると思う?」
「さあ――」
 カレヴィのいつもの言葉に、エーリスは無言になる。いくら言っても彼には届かない。いつもならそこで話は終わってしまうのだが、カレヴィはその後を続けた。
「アニタがここを出たいというから、……外に連れて行った。すまない」
 今まで、カレヴィから謝罪の言葉は聞いたことがなかった。エーリスが目を丸くする。
「……アニタの約束なら仕方ないな。アニタは落ち着いたか?」
「今は寝ているが……」
 視線を床に落とし、口を閉ざすカレヴィを見て、エーリスは暗鬱な気持ちになった。
 カレヴィと共に過ごしても、まだ駄目なのだろうか。
 フローラの話だと、アニタはしきりに痛みを訴え、精神的に不安定だという。何処が痛むのかは判らない。エーリスがアニタの体調を診ることはなかった。男性不信がちのアニタだが、自分を兄と慕ってはくれてはいる。しかし、彼女は自分を前にすると緊張していることを知っていたので、触れるのはためらわれた。
 お互い無言になったまま、時間が過ぎる。ふと思い立ったように、エーリスは立ち上がった。カレヴィが不思議そうに見ていると、エーリスは穏やかな表情でグラスと酒を用意し始め、書斎のテーブルにカレヴィを手招きした。
「たまには一緒に飲まないかい?」
「あ……、ああ」
 カレヴィの声音に驚きの表情があった。二人で酒を飲むのは初めてだ。
 戸惑うようなカレヴィの様子を見て、楽しそうなエーリス。グラスに葡萄酒を注ぐと、カレヴィは立ったままグラスを手にする。
「座ったらどうだい?」
「このままでいい」
「そうかい」エーリスは静かに頷いた。二人はグラスを軽く持ち上げ、乾杯をする。グラスの葡萄酒を一口飲んだカレヴィが、エーリスを見た。
「エーリス。闇の魔力を持つ女はそんなに怖いのか?」
「アニタが言うには、おとなしそうな普通の娘らしい。他は誰も目撃していないんだよ」
 カレヴィはグラスを握りしめ考え込む。
「今は何処にいるのだろうな……」
「姿を隠しているんだろうね。クレプスクロム王国の何処かにいるのだろう」
 エーリスは険しい表情のまま、言葉を続けた。
「アニタの痛みは何が原因なのだろう。ファルセーダの後遺症なのか……。私の持つ杖ではアニタの苦しみを取れないんだ……」
「痛み」という言葉に、カレヴィが顔を上げる。
「お前の、エーリスの痛みはどうなんだ?」
「まぁ、変わらずあるよ。会議に出ると参ってしまうね」
「会議は上手くいかないのか?」
 苦笑いを浮かべ誤魔化そうとしたが、カレヴィの真剣な眼差しを受けて、エーリスは目を伏せた。
「大勢の人間をファルセーダにしろと言っている。魔力がない者には魔力を注げるだけ注げと。人を殺して魔力を取り出して、他人に移して魔術を使える人間を作れと言うんだ。魔力がない人にそんなことをしたら、精神が壊れてしまうというのに。彼らは私たちのことをどうとも思っていないんだ。物……兵器ぐらいにしか思っていない」
「その杖をくれてやったらいいだろう? その杖があれば奴らは勝手にファルセーダを増やせるだろうに」
 エーリスは棚に置かれた杖に視線を移す。彼等の養父であり、アウローラ国の前国王が所持していたものだ。置かれた状態のままでも、青い宝石は強い魔力を放ちながら光り輝いていた。
「すでに役人が使って、数人死んでいる。私の命の魔力があってこそ、何とか使いこなせているんだ。――あの人の遺品だからね、何か仕掛けがあるみたいだ。本当のことは判らない……」
 ファルセーダを増やすことに反対したエーリスとフローラ。役人たちとの言い合いの後、彼等は杖を奪った。エーリスは制止したが、彼等は訊かず、フローラの挑発に乗るかたちで杖を手にし、数名が命を落とした。
「しかし、あの杖はお前の体を蝕んでいるんだろう? あいつみたいに、痛みを忘れたらどうだ?」
 杖を使いファルセーダにすると、杖の持ち主は痛みを受ける。ファルセーダになった者にも少なからず異常が現れる。瞳や髪の色の変化、記憶の消失。そして、心に痛みが生じるという。
 養父は痛みに耐えることが出来なかったという。痛みを手放し、記憶も断片的に失っていた。
 エーリスはファルセーダにした時に生じる痛みや異常を、人の分まで負っている。
「大事な記憶も忘れてしまうだろう? それだけはどうしても嫌なんだ。忘れるくらいなら、苦しみたいんだ」
「そうか……」
 カレヴィが顎に手を当て、考え込む。
「あの腐った役人どもを殺すことは出来ないのか?」
「まだ時期ではないんだ。父さ……あの人の本を取り戻す機会があれば。そうすれば何とでもできるさ」
「本? 魔術書なのか?」
 エーリスは首を横に振った。
「それすらも判らない。ただ、この杖の謎と、ファルセーダの救済が載っている可能性がある」
 役人の住む宮殿には、魔力が高い人間が立ち入れない場所があり、本はそこに保管されているという。役人たちも本を託されてはいるが、本には魔術がかかっており、彼等も本を開き、読むことは出来ない。本を開くには強い魔力が必要だった。
 その本を手にしても、状況は変わらないかもしれない。そこまでの仕掛けを施し、養父である前国王が託した本の中身。そこには何か重大な秘密が記されているのではないかと、エーリスとフローラは考えていた。
 エーリスはカレヴィを見上げた。
「カレヴィ、国王にならないか? 光の司の化身なら、民はついてくると思うんだ。お前に王位を譲れば、少しは手が空く。そうすればもっと魔力を持つ人間にとって、良い国に出来そうなんだ」
 真剣で切実なエーリスの眼差し。カレヴィは耐えることが出来ず、視線を逸らした。
「俺には国王は無理だ。ただの人殺しだからな」
「そうだね。変なことを訊いてすまないね……」
 判っていたことだった。
 エーリスの瞳は淋しそうに揺れたが、いつもと変わらない穏やかさで微笑んだ。


「アニタ、良くできているよ。この問題も正解だ。字も綺麗になってきたし、よく頑張ったね。……フローラ、この式の解き方が間違っているよ」
「えー、間違ってるのぉ」
 手元の小さな黒板の式を慌てて消して、頬を膨らませたフローラが数式を書きこんでいく。その横で頬を赤くしたアニタが嬉しそうに笑顔を浮かべている。
 宮殿で過ごすようになって、アニタはフローラと共に、エーリスに字と勉強を教えてもらった。
 初めて勉強をしたアニタ。字を憶えて文章を書き、問題に正解すると、エーリスは手放しで褒めてくれた。褒められるとアニタも嬉しくなった。そんなときは笑顔のままカレヴィを目で探すが、彼は我関せずと昼寝をしたり、剣を手に素振りをしていた。アニタは内心がっかりした。ペンを咥えながらフローラが横目でカレヴィを睨む。
「あいつは自由人ねぇ……」

 アニタはカレヴィを含め、エーリスとフローラたちと宮殿で過ごす。宮殿にいる大人たちはエーリスたちの臣下で、子どもたちの世話をしてくれた。
 宮殿は二棟でできていた。一棟は役人たちが使用し、アニタたちがいる棟は魔術師が住んでいる。お互いの宮殿を行き来する事はない。
 魔術師の住む宮殿内の空いている部屋をアニタ用に整えた。家具がある、初めてのアニタの為の部屋だった。その部屋でカレヴィと共に過ごしていたが、時折フローラがアニタを拉致し、世話を焼きたがった。
 服の選び方も解らないアニタは、世話を焼かれるまま、フローラと彼女の従者であり仲間である年上の娘たちの着せ替え人形状態になっていた。髪を整え、普通より上質なドレスを着せてもらった。
 年に関係なく、彼女たちはフローラを慕っている様子で、フローラが可愛がっているアニタを「小さな妹」として受け入れてくれた。

「戻っちゃいやぁ、一緒にいよおよ! ね?」
 その日、フローラは夜までアニタを部屋に引き止めた。カレヴィがいない時は自分で歩くアニタは、右手にしがみつくフローラから逃げようと、ドアノブに必死に左手を伸ばしていた。
「やだ、帰る……」
「ねぇねぇ今日は一緒にいようよぉ。一緒に寝ようよぉ」
「え……明日が来ればまた一緒でしょう?」
「やだやだ一緒がいいのぉ! お願いよぉ。フローラ姉さんのお願い! お願いだよぉ」
 逃げようと手を振り払っても、何を言ってもフローラは手を離してくれなかった。……アニタは諦めることにした。
 お揃いの寝衣を準備していたフローラ。アニタの為にと、絵本やおもちゃ、人形やぬいぐるみまで準備していた。嗜好品、贅沢品を知らないまま育ったアニタは、見たこともない可愛いものたちにぽかんと口を開けるばかりだった。
「見てみて、このぬいぐるみ、アニタに似合いそう。抱っこしてみてよぉ」
 ウサギのぬいぐるみを受け取ったまま、アニタが呆然としている。
「これは、どうするものなの?」
「おままごとの相手をさせたり、お世話する振りしたり、私は抱っこして寝ちゃうけど。もしかして、いらない?」
 目を丸くしたまま反応しない様子に、フローラが心配そうに見つめる。アニタはぎこちないながらもぬいぐるみを抱き寄せた。
「初めてで、知らないだけなの。ありがとう」
 ベッドの上で、お互いの髪を梳いてリボンを付けたり、流行の服について本を見て研究したり、甘いお菓子に温かいミルク。額を付けるようにして見つめ、笑いかけてくるフローラ。くるくる変わる彼女の表情に、アニタは楽しくなって笑顔を溢す。
「アニタが笑ってくれて嬉しいなぁ」
 アニタの顔を見てフローラがうっとりしていた。
「フローラ……?」
「最初にびっくりさせちゃったから、嫌われているかと思ってたの。髪もこんな色だし……」
 驚くアニタの前で、フローラは俯いたまま自分の髪を触っている。確かに初対面では吃驚した。だが、彼女の個性だとアニタは受け入れていたし、憧れてもいた。常に自信に満ちている彼女が、自分の容姿のことで悩んでいることは気付かなかった。髪色は不自然だが、彼女に似合っていて、美しい。
「フローラの髪、とっても素敵よ。私は大好き」
 少しだけ緊張しつつ、フローラの髪に触れる。想像通り、張りのある柔らかい髪だった。
 フローラにとって予想外のことで、相当に嬉しかったらしい。瞬きしているうちに、フローラの顔は赤くなる。アニタが髪から手を離すと、頬に手を当ててあたりを見回し、視線をさ迷わせた。「ありがとう」と言いながら、照れて赤くなった顔を隠そうとクッションを抱きしめた。
「あっ、あの、アニタはさぁ、カレヴィのどこが好きなのよぉ」
 ベッドの上に寝転がり、クッションを抱いたままの姿でフローラがアニタを見つめる。顔は赤いままだったが、悪戯っぽい笑みが目元に浮かんでいる。
「どこも好き。全部好き」
「やぁ~ん、とっても羨ましいなぁ。私はまだだけれどさぁ、アニタはキスもしたし、抱いたり抱かれたりしてるんでしょう? 運命の恋人なんでしょう? おませさんだよねぇ。うらやましいなぁ。私もそんな人欲しいなぁ」
 足をばたつかせてフローラが悶えている。嫌味ではなく心底羨ましいらしい。
「私は炎の乙女の化身かは解らないし。キスは……してるけれど、それ以上は……そんなには」
「そなの? どうしてしないの?」
 目を丸くしてフローラが覗き込んでいた。たまに常識のないフローラに困惑させられる。アニタはまだ八歳。カレヴィが一四歳。子供には手を出せないと子供の彼に鼻で笑われた。
(子ども相手でも、嫌なことをする大人はいたのだけれど……)
 寝るときは抱き寄せてくれるし、願えばキスをしてくれた。それ以上となると、痛みを訴えた時にだけ、魔力を与えるという名目でだけ、仕方なさそうに抱いてくれた。
 彼はただ抱きたくないのだろう。もしかして、カレヴィには思いを寄せる人がいるのだろうか? 彼はまだ子供だが、彼なら好意を持ったら口説くよりも先に、抱くだろう。
(私の体じゃダメなんだわ。でも、誰かほかにいるのかしら。カレヴィが自分じゃない女の人を抱いているとしたら本当に嫌だ。それは嫌だ。いやだ……)
 アニタは悲しくなる。いくら一緒にいても、彼の心は読めず、遠くにあった。
「アニタ、どうしたの?」
 気付かぬうちに目尻に涙が溜まっていた。フローラが心配そうにアニタを見つめていた。アニタは慌てて目をこすり、話題を変えた。
「ねぇ、フローラは好きな人はいないの? ……もしかしてエーリス兄さんのことを好きなの」
 フローラはエーリスを心から信頼しているようだった。兄以上の想いがあるのではないかと気になっていた。興味津々のアニタの前で、フローラが笑いながら左右にごろごろと転がった。
「エーリスは兄さんだよぉ。血がつながらなくても、生きてても、死んでもね、ずっとずっと兄さんなのぉ」
 転がっていたフローラが肘をついて座るアニタの顔を見上げた。
「私が兄様欲しいって言ったらエーリスが来てね、友達が欲しいって思っていたらカレヴィが来た。そして妹が欲しいって思っていたらあなたが来た。ずうずうしいけれど、皆が私のところへ来てくれたと思ってるの。――私ね、好きな人はね、待ってないで自分で見つけに行きたいの。絶対絶対自分で探すんだぁ」
「フローラらしいね。素敵な人に出会えるよ」
「うん」
 本当に眩しいくらいに輝く娘だと思った。心からのアニタの言葉に、フローラが笑顔で頷いた。
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コメント

No title

こんにちは。忘れるくらいなら、苦しみたいんだ…と記憶を大事にする
エーリスさんは優しくて我慢強い方だと思うので、我慢しすぎないか
心配になっちゃいますね。そしてフローラ姉さんのお願い!…と
アニタさんを引き留めるフローラさん、面白かったです!どこも好き。
全部好き…なアニタさんのカレヴィさんへの愛は私も羨ましくなります(笑)
フローラさんはしっかりしていて家族思いで優しく魅力的なので
きっと素敵な人に出会えると信じてます!

いつも丁寧なお返事もありがとです!カレヴィさんとアニタさんは
ラブ~な感じですが、リルちゃん達はファミリーな感じで、それもまた
見守らせて頂くのが楽しいです♪合作は新たな魅力にも気付ける&楽しい
ですよね!2017年3月の結衣様達の合作作品、綺麗&お互いの愛を
感じてとても素敵でした!!合作、機会があればやりたい~
と思ってます…!そちらも相変わらずの暑さかと思いますが、お互い
元気に過ごせますように…!では読んでくださり、ありがとでした☆

風月時雨さん

コメントありがとうございます。
お返事おそくなってしまってごめんなさい<(_ _)>

いつも丁寧なコメントありがとうございます。
エーリスはみんなの兄さんで、皆のことを憶えていたい気持ちが強いんです。
フローラもおバカなりにエーリスを大切にしています。
過去のフローラとアニタの会話で、フローラは好きな人は自分で見つけたいと話していますが
彼女が見つけた素敵な人は某騎士さんということになってしまうんです。

幼いときからずっとアニタは一途です。
アニタ7歳、カレヴィ13歳で出会ってからずっとです(本文では年を1歳プラスしています……年を直すかもです(;・∀・))
カレヴィの心情を全く書いていないままですが、カレヴィもアニタを傍に置いているので、だいぶ気に入っています。

昨年の春はお互いのキャラを描く形で合作しましたが、一枚絵にお互いが描いたものを載せられたら楽しそうですよね(*´ω`*)
風月さんともいつか合作してみたいです(*´ω`*)
埼玉では某熊谷が最高気温を更新してしまったり、なかなか暑い日が続いていますが今は落ち着きました(でもまた暑くなる……)
なんとか過ごしていきたいと思います……!
いつもありがとうございます(*'ω'*)
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プロフィール

清水結衣

Author:清水結衣
いつもご訪問いただきありがとうございます。

オリジナル中心でお絵かき。たまに版権絵。
そしてぼちぼち文章を。
プロフ画は笹間シムロさんに描いていただきました
ありがとうございます(*´ω`*)

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