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【Cry*6】10-4、届かなかった手

2020.08.16 00:00|【Cry*6小説】第10章


10-4、届かなかった手

 ――草原を走る頬を爽やかな風が撫でていく。
 今よりも背丈が低く、手足も成長していない幼い自分が、やはり自分と同じような幼さのカイトとイリスを追っている。笑い声をあげる三人。走るエドヴァルドは楽しい想いの中で考える。これは自分ではない。過去の――自分。思い出の中、おそらく夢の中だ。幼い頃、イリスとカイトを巻き込んで自由奔放に過ごしていた日々。悩みは多かったが、今よりは素直で純粋で、幸福だった。
 当時のエドヴァルドは屈託ない笑みを浮かべていただろう。
 木陰には一人の女性。シートを広げた上に座り、帽子を被って煙管を手に、皆の遊ぶ姿を眺めているのは、懐かしいあの人。
 あの時、自分の傍にはベアトリスがいた。
 彼女は年上だったが、対抗心と好奇心は子ども並みに旺盛で、時には本気でエドヴァルドと衝突し、喧嘩をすることもあった。
 側室の母を亡くした後の、強い魔力を持つエドヴァルドを、城の人間は腫れものを扱うように他人行儀に接した。エドヴァルドも孤独を隠す為に自分の心を隠すために殻に閉じこもった。その殻を、ベアトリスだけが遠慮もせず、殻を粉砕するかのように近付いた。
 魔力の押さえ方や扱い方だけでなく、今の時代には教えなくなった知識も教えてくれた。二人で城を抜け出し、小さな冒険もした。部屋に籠り、得体のしれない実験もした。姉の様な存在だった。時には妹の様で……エドヴァルドにとって、彼女は母ではなかった。どこまでも、年の離れた憧れの女性だった。
 喜怒哀楽が激しく、ゲームで負ければ本気で悔しがった。時には悔し涙を浮かべる程に遊びごとにも熱中した。幼いエドヴァルドが見ても、ベアトリスは無邪気な子供のようだった。
 そう、あの時まで。
 彼女が変わる――リルを連れてきてから。
 リルと出逢ってから、彼女は変わった。角が取れたように、穏やかな表情を浮かべるようになる。恋する乙女のような、慈愛に満ちた母のような表情――。
 以前から迎えに行かねばならない大事な人が居ると話していた。その人が、彼女か彼かもわからないと言っていたが、それはとても脆い存在だったのだ。
 突然迎えたリルについて、ベアトリスは多くを語らず、イリスやカイトには逢わせたがらなかった。エドヴァルドはベアトリスの目を盗んで、二人にも逢わせていた。しかし、二人が去ると、イリスもだが、カイトの記憶からもリルのことはすぐに消えた。
 リルは大きな黒い目を輝かせ、よく笑った。悔しいことにエドヴァルドが見ても、可愛い赤子だった。しかし、リルは自分の居場所を確実に侵食していた。紙に落としたインクが音もなく滲むように。しかし、ベアトリスにとってリルの存在は別格で、そもそもエドヴァルドが敵うはずがなかった。
 夢の中でも、リルを抱きしめてベアトリスは微笑んでいる。
 ――本当に可愛くてねぇ、将来、ママとか言われたら悶え死んじまいそうだよ。そうだねぇ、祖母ということにしておこうかな。
 リルをあやしながら頬を染めるベアトリス。赤子は可愛く、鈴の音のような軽やかな笑い声をあげていた。子どもが嫌いなベアトリスだったが、リルだけは可愛がって、不器用ながらも懸命に世話をしていた。
 ――その姿を、幼いエドヴァルドは不機嫌そうに睨む。
「おばはんがおばばになっちゃうのかよぉ。突然の老化だなぁ」
 エドヴァルドがからかうと、彼女は片手でリルを抱いたままで杖を構え、目を細めてにやりと笑って見せる。
 ――王子ぃ。この部屋が洪水になるよ?
 エドヴァルドは大事な本を手にして慌てて机の上に飛び乗った。何度もベアトリスの水の魔力で王子の部屋は水浸しにされた。 
 悔しかった。ベアトリスが目を離したすきに、リルを窓の外に放ってやろうかと思ったことすらある。

 そしてベアトリスは城を去ることになる。勝手に新しい住居を見つけ、静かに引っ越しを始めていた。気付いた時には荷物は粗方運び終わり、こまごまとした荷物を詰めた鞄が一つ、残るだけになっていた。
「……本当に行っちゃうのかよ」
 そっぽを向いたままエドヴァルドが言った。リルを抱いたベアトリスが、ドアの前に立っている。
「行くよ。これでお別れだね」
 あまりにも素っ気ない口調に、哀しさをエドヴァルドは奥歯を噛みしめる。
「……お願いだから、行かないでくれよ」
 喉の奥から絞り出た懇願。旅支度を整えたベアトリスは小さく息を吐いて笑った。リルをクーファンに寝かせ、エドヴァルドの目の前でしゃがみ、泣きそうな顔を見上げた。
「何度も言っただろう。それは無理なことだよ」
 この場所にはいられないと、彼女はしきりに言っていた。皆の記憶に残らないように、この城から出なければいけないとも。
「俺も連れて行ってよ。俺が居てもいいだろ?」
「王子を連れて行くっていうのかい? 私は誘拐犯にはなりたくないよ」
 カラカラと笑うベアトリス。エドヴァルドは首を振りながらベアトリスにしがみ付いた。
「じゃあ、じゃあさ、俺と結婚してよ! 俺、すぐ大きくなるから、二人を面倒見れるようになるよ」
 突拍子のないエドヴァルドの言葉に、ベアトリスが困惑した。
「ちょ、ちょっと、結婚だなんて。ばばあ相手に何言ってるんだい?」
「ばばあじゃないよ。ベアトリスはとってもカッコよくて美人じゃないか。俺、本当に大好きなんだ。ベアトリス、行かないで。行くなら俺も連れて行って! リルが俺のおもちゃを弄っても怒らないし、ちゃんと遊び相手にもなるよ。ちゃんと面倒も見るよ。リルのこと消えちゃえなんて思わないよ。だから……だから……」
 涙を溢しながら縋りつくエドヴァルドを、ベアトリスは無言で見つめていた。
「エドヴァルド。私もあんたが大好きだよ。でもね、このままここにいると、皆に迷惑を掛けてしまうんだ。私より、いい女はいっぱいいるよ。あんたはまだ幼い。これからもっといい人が出て来るよ。運命の人と出会えるから……さ。この子が、リルが大きくなってここに戻ってきたら可愛がっておくれよ」
 低く落ち着いたベアトリスの声。遠くに行ってしまった彼女の心。
「嫌だよ。ベアトリスが居なかったら、リルが来たって可愛がってやらないんだから。ベアトリスがいなくなったら、俺、この城に居場所がなくなるよ。独りにしないでよ!」
「大丈夫。あんたは独りじゃない。皆を護ることが出来る人間だよ。これから、この国に魔術を疎む時代が来る。その時、あんたはカイトや、イリス。ウルリーカ。そしてたくさんの人々を護って戦うんだ。頼んだよ――」
 ベアトリスのいない場所なんて護ったって仕方ないのに――。ベアトリスはエドヴァルドの頬に触れ、乱れた前髪を優しく直す。涙に汚れたエドヴァルドの頬を両手で優しく包み込み、震える唇にそっと口付をした。
 目を細め、優しく微笑む。深い碧の光を湛えた瞳。とても美しく、決意を湛えた表情はエドヴァルドにとって、残酷だった。
「私も、大好きだったよ。あんたは特別だった。エドヴァルドは格別の、最高の相棒だった……本当に。必要なことはウルリーカに託しておいたよ。彼女は真面目なんだから、あまり困らせないでおくれよ。この国を、護っておくれ」
「嫌だ。俺はベアトリスと一緒にいたいんだ。嫌だよ。置いて行かないで……おいていかないで」
 あの時、エドヴァルドの伸ばした手を一瞥しただけで、ベアトリスは背を向けて出口に向かった……。皆を護ること、それは呪詛のように弱った心にのしかかった。あの言葉が無ければ、エドヴァルドは肉親を殺めてまで、王にならなかったろう。
 どんなに追ってもベアトリスは遠ざかる。昼は想いを込めた杖を手にし、夜は恐怖に刃物を握って笑顔を浮かべ、王として過ごしてきた。しかし、もう杖はない。縋るものが一つ欠けてしまった。昼夜刃物を握ればいいのだろうか。いっそそのまま自分の首元を……。
 エドヴァルドの震える手をそっと誰かが握る。
(ベアトリス……?)
 現実的な手の温もりにエドヴァルドが瞼を開けた。
「ゆ、ユーファ? どうして……」
 予想もしない状況に、エドヴァルドが珍しく慌てた。手を握っていたのはユーファだった。
「だいぶうなされていました。悪い夢でも見ましたか?」
 驚いて見上げるエドヴァルドにユーファは優しく微笑みかける。後方から射す陽光が後光の様に見え、彼女はまるで女神の様だった。暫し見とれるエドヴァルドだったが、目尻に涙が溜まっていることに気付き、慌てて手で拭って苦笑する。
「……夢を見て泣くなんて、情けない。王だと言うのに。昔のことを思い出してね。好きな人に置いていかれる夢を見た」
「王様だって巫女だって、時には涙を流すこともありますわ。夢に苦しめられることは私もあります……追っても追いつけない夢をよく見ますわ」
 ユーファは悲しげな光を湛えた瞳でエドヴァルドを見下ろしている。エドヴァルドは寝たまま、その視線を受け止めていた。彼女の眼差しは優しく温かい。黎明の神官のことを思い出しているのだろうか。彼は失踪したと聞いた。たぶん、光の魔術師だろう。
「ユーファ、ありがとう。久々に、寝た気がするよ」
「寝ていらっしゃらないのですか? もしかして、この傷……」
 ユーファに掌の傷を見られたのだろう。エドヴァルドは苦笑した。
「ファルセーダの後遺症だろうが、悪夢が酷くてね。魔力を制御できなくなったらと考えると、眠れないし眠りたくないんだよ」
「そうなのですね……」
 目を細めるユーファ。エドヴァルドは落ち着かなかった。どこにでも入り込むレイリアがいるのなら判るが、貞淑な彼女が、何故この部屋の、寝台の上にいるのだろう? 何か事件があったのだろうか。
「――ユーファはどうしてここにいるんだい? 何か、あったのかい?」
 心配そうに見つめるエドヴァルドの眼差しに、ユーファが我に返り、顔を赤く染めた。
「わ、私ったらとんでもないことを……」
 ドアをノックしても返事がなく、ドアを開けてみると、寝台で転寝をしているエドヴァルド王がうなされていた。レイリアの言葉が気になり、ユーファはエドヴァルドを放っておけず、近付いて王が伸ばす手を咄嗟に握ってしまい……。
「いえ、あの。あの、用事はなかったのです。けれど、気になって。は……はしたなくて申し訳ございません……」
 レイリアに焚きつけられたなどとは言えなかった。ユーファは慌てて寝台から降りようとしたが、そのユーファの手をエドヴァルドが掴んで引き止める。
「エドヴァルド様――?」
「いてくれてありがとう……もし時間があるなら、もう少しこのままでいてくれないかい? 君がいると、安心出来るんだ」
 気怠そうに起き上がろうとしている様子を見て、ユーファにも彼が疲弊していることが解った。彼の纏う魔力で隠されていたが、彼も長い孤独の中で苦しんでいるのだろう。起き上がろうとするエドヴァルドを、ユーファがそっと押しとどめた。
「ユーファ?」
「私が居れば、魔力は抑えることが出来ると思います。だから、ゆっくり休んでください」
 ユーファの返事にエドヴァルドは嬉しそうな笑顔を浮かべ、目を閉じる。穏やかな寝息をたてるエドヴァルドの髪を、ユーファはぎこちない手つきで撫で続けた。
(弱っているところを見せられると駄目ね)
 ユーファは苦笑する。男性の傍に居るだけで緊張するのに。どうして王の手を握っているのだろう。弱っている人間を放っておけないのだ。王はずるい。
 王が恋い焦がれているのはたぶんリルの祖母のことだろう。彼は私に彼女の姿を重ねているのだろうか。年も性格も魔力も違う。誰かに頼りたいのだろうか。しかし、自分は頼りになんてならない。
 黎明の神官、レグルスのことを思い出す。彼の儚い佇まい、優しい眼差し、細くしなやかな手。彼の手を握ったことは数えられるほど少ない。彼の傍にいると心が熱くなった。目が合えば幸福で涙が出そうになった。叶わないとは解りつつも、いつか彼と結ばれることをどこかで願っていた。彼は、自分の手を取り、共に行こうと言ってくれた。しかし、その行く先は多分、ユーファの望んだ未来ではなかった。
(同じになって、同じところへ行きたがらなかったのは私……)
 拒んだのは自分だ。拒んだくせに後から追うだなんて、変だと思う。
 逢えるだけで、傍に居るだけで幸せだなんて嘘だ。もっと親密になりたかった。でも距離が変わるのが怖かった。先に進むのが怖かった。共に行かずとも、こんなにも自分は変わってしまった。あんなに苦しむ人を拒絶した自分には、巫女の資格なんてないのに。
 レグルスは何処までもユーファの憧れの存在で、遠い存在だった。その距離はどんどん離れている。今は慕っているのかすら自分でも判らない。夜空に煌めく星のよう遠く儚い。
(あの人の手を拒んだのは私なのに……どうしてずっと追っちゃうのかしら……私は本当に愚かだわ)
 俯いていると涙が零れる。道を選んだあとには後悔ばかりが残ってしまう。不器用だ鈍感だとリルやカイトをからかっているが、一番不器用なのは自分なのだ。
「どうしてこんな時に、……関係ないことを思い出しちゃうの」
 レグルスのはにかんだ笑顔、愁いを帯びた吐息、淋し気な眼差しをふいに思い出し、突然想いがこみ上げてくる。エドヴァルドの髪を撫でるのをやめ、嗚咽を堪えながら、ユーファは零れた涙を拭う。
「すき……だよ……」
 突然、エドヴァルドの寝言がした。慌てて顔を覗き込むが、穏やかな寝顔で、寝息を立てている。しばらく寝顔を見つめていたが、ユーファは口元に笑みを浮かべ、エドヴァルドの頬をそっと撫でた。
(狸寝入り? エドヴァルド様は本当にずるい人。でも、そのずるさに救われているのかしら)

「今度は何処へ行くんだ? 俺は城に居なくていいのか?」
 カレヴィは荷物を持ち、レイリアの後を追っていた。ウルリーカは休む間もなく外出すると言い、レイリアも付いていくのだという――カレヴィと共に。
「王様に訊いたら、リルか私となら連れて歩いてもいいと王様が仰ったのよ。だから、ちょっとお付き合いしてほしいの」
「……どうして俺が……」
「部屋にいるよりはマシでしょう? じゃあ、リルに付いてく?」
 荷物の詰まった箱を両手で抱えたままカレヴィは顔を背け、小さな声でぼそっと言った。
「それは……やめておきたい」
「ユーファとは話すわよね。カイトとも多少は話すし、ルアトとは仲良い方でしょう? リルをまだ憎んでいるの?」
「いや、憎しみは、解らなくなったが……あの女と、話せるが、どう接していいのかが解らない……」
 腕を組んだレイリアが小さく息を吐いた。解らないなりに、彼はリル以外とは交流していると言うのに。
「しかし、俺が何故荷運びをさせられなければいかんのだ……」
 馬車の前で待っていたウルリーカが呆れた様子だった。
「レイリアや、調子の戻らない人に無茶をさせてはいけないよ。カレヴィさんはまだ魔力が戻らないんだろう? お城で休養した方がいいと思うよ」
 ウルリーカに言われ、レイリアが俯いてしゅんとする。
「俺は何処にいても構わん……寝ていても、魔力も記憶も戻ってはくれんからな」
 淋しそうな顔を見たカレヴィは言い訳をするかのように、慌ててウルリーカに言った。
 レイリアが嬉しそうにカレヴィを見る。ウルリーカが驚いた様子だったが、二人を見てにっこりして頷いた。三人で馬車に乗った。
 馬車の中で、月の神殿での話を聞いたウルリーカは、呆れた様子で溜め息を吐いた。
「全く、無茶ばかりして……。怪我もなく、無事で良かったよ。リルの怪我も治療出来たんだね、良かったよ。皆が無事で良かった。レイリア、風邪はもう大丈夫なのかい?」
「ええ、もちろん。リルのお薬のお陰で良くなったわ。皆も看病してくれたし、とても嬉しかったし、あたたかかったわ」
「そうかい。でも、これからは無茶をしないでおくれ。自分を一番大事にしておくれよ」
「解ってるわ、おばあさま。でも、気付いたときには、皆を助ける為なら多少危険でも動かないとでしょう?」
「そうだけれどねぇ、危険なことをしてレイリアに何かあったらと思うと……」
 レイリアの横にカレヴィが座っていた。向かい合って座ったウルリーカの視線が時折カレヴィに向けられる。穏やかな視線が、彼を落ち着かなくさせていた。
「……」
「あなたには私が見えてなかったのよね。ベアトリスおばあさまの杖を使った時に、初めて私を見たわよね」
 レイリアに訊かれ、カレヴィは視線を落とし、自分の掌を見つめた。
「魔力を持つ人間しか、見ていなかった……あの時はな」
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